【日 付】2020年11月14日(土)
【山 域】奥美濃 根尾西谷川流域
【天 候】快晴
【メンバー】sato、山日和
【コース】358m標高点駐車地7:55---9:35藤谷山9:50---11:15三角点西宮13:20---14:40藤谷山---15:15茶屋峠---
15:40三角点角二俣---16:05 P758m---16:45国道157号---17:00駐車地
先週の徳山に続いて、今日は根尾の山に向かう。稜線上はもう遅いかもしれないが、中腹域の紅黄葉はまだ
見頃だろう。
能郷から黒津へ「酷道」とも呼ばれている国道157号を走る。
358m標高点のある(地図上だけの話だが)ところから急斜面に取り付いた。谷が入って、ちょうど国道の法面が
切れている。15分ほどの頑張りで自然林に入った。いきなり目の覚めるような赤と黄の饗宴に包まれる。
特に朝日の当たる南側斜面寄りの樹林が美しい。
それにしてもヤブのない、歩きやすい尾根である。先週同様、極楽尾根の称号を与えられる資格十分だ。
標高700mあたりからブナも散見されるようになる。黄色と淡いオレンジの衣装を全面にまとった黄葉のブナは、
緑の季節の少しクールな表情と違い、精一杯着飾ったような華やかさを押し出している。
振り返ると根尾西谷川の対岸に、865mの台金(おおがね)の三角錐の上半分が、朝の光を受けて燃えるように輝
いていた。その横には高屋山から大白木山の山稜が続く。こちらもいずれ行かなくてはと思いながら20年以上
の歳月が経過してしまった。
まったくヤブ無しのまま、藤谷山への尾根に到達した。能郷白山の前山から南東に延びる支稜だ。
雲ひとつないとは今日の天気のことを言うのだろう。「青い」としか表現のしようのない空はどこまでも澄み
切って、ただでさえ心浮き立つ紅黄葉の森歩きを、一段と心浮き立つものにしてくれる。
このあたりから太いブナが目立ち始めた。少し下生えはあるが踏み跡は明瞭。平坦な尾根をわずかに進めば
藤谷山の山頂である。ここには三角点は無いのだが、地形図に山名が記されている。
ここから前山方面に進んで、1140.3mの三角点「西宮」を目指す。藤谷山から下った鞍部からは植林帯となり、
モチベーションが一気に下がってしまった。ずいぶんいい杣道があって、行程が捗るのはありがたいのだが。
928m標高点を過ぎて、西宮への登りにかかると再び自然林が戻ってきた。細い踏み跡を辿って高度を上げて
行く。このあたりまで来ると、ブナも落葉しているものが多く、もう初冬の風情を醸し出している。
かと思えば、黄葉真っ盛りのブナもあったりして、この違いはなんなのだろうと不思議な気持ちになる。
1060mまで登ると、西宮から東へ伸びる山頂台地の一角に出た。いつも遠望する三角錐の屏風山ではなく、
「屏風」山らしい姿の屏風山が見られる。その奥にはかのこまだらの白山の姿が。この時期に白くない白山を
見るのはちょっと寂しいものがある。別山はまだ真っ黒のままだ。
この台地も含めて、このあたりのブナ林は一度伐採された後の二次林だ。木材を搬出した時の古いワイヤーが
放置されていた。原始の森の頃はどれほど素晴らしいブナ林だったのだろう。もっとも、その頃は林床も賑や
かで、とても歩けたものではなかったかもしれないが。
「西宮」山頂に着くと、三角点の保護石は見えるが肝心の三角点がない。石の真ん中の土を払うと三角点の
頭が出てきた。少し早いがランチタイムとしよう。
西側斜面に陣取って、前山と磯倉を眺めながらビールを楽しむ。
残念ながら、能郷白山の本峰は前山の陰になって見えない。今日は気温が高く、風がなければポカポカ陽気だ。
あまりの心地良さにのんびりし過ぎてしまった。藤谷山まで戻ってから、さらに次のピークを目指さなけれ
ばいけないのである。
ブナと展望を楽しみながらペースを上げて往路を戻る。藤谷山からさらに南へ尾根を辿って行く。
次の目的地は855.6mの三角点「角二俣(つのふたまた)」。こちらの尾根も今まで同様、しっかりした踏み跡の
ある快適な尾根だ。足早に通り過ぎるのが惜しい。
茶屋峠の手前のピークで直角に折れる尾根を見逃してしまい、隣の尾根に入ってしまったが、このまま下り
ても峠のすぐ下の遊び谷源頭に出るので問題はない。
「遊び谷」や「茶屋峠」という名前は妙に心惹かれるものがある。古の人々はどうしてこういう名前を付けた
のだろう。何か理由があるはずだ。しかし現実の遊び谷源頭と茶屋峠は、無味乾燥な植林の中にあった。
この先の尾根もほとんどが植林がちで、角二俣はわざわざ足を延ばすほどの場所ではないのではという思い
が頭をよぎる。その思いは山頂寸前までいい方に裏切られることなく続いた。
山頂の直前まで来て、やっと左側斜面に美しい樹林が現われた。三角点は植林との境界線。その西側に雰囲
気のいい台地があり、西日を受けて輝く黄葉の森が待っていた。
これを味わうのには些か長いアプローチだったが、来た甲斐があったというものである。
下山は785mピークまで戻って北東に延びる尾根を選ぶ。距離的には短く、仕事は速いだろう。
出だしのヤブっぽさに少し不安になったが、すぐに下生えのないスッキリした尾根に変わってひと安心。
ただ植林だったので、今日のコースの締めくくりとしては物足りないような気がしたが、やがて自然林に変わっ
て、ルート選択が間違っていなかったことに満足する。
深く掘り込まれた道が現われたのには驚いた。峠越えの古道のように蛇行する道は風格を感じさせるものがある。
これは茶屋峠越えの道なのだろうか。
最後は343m標高点にピンポイントで着地。上を見回すと、ここだけが国道の擁壁が切れた場所だった。
山日和
【奥美濃】錦繍の根尾を歩く 藤谷山・西宮・角二俣
フォーラムルール
新規トピックは文頭に以下のテンプレートをなるべく使ってください。
【 日 付 】
【 山 域 】
【メンバー】
【 天 候 】
【 ルート 】
※ユーザーでなくても返信が可能です。ユーザー名に名前を入れて返信してください。
新規トピックは文頭に以下のテンプレートをなるべく使ってください。
【 日 付 】
【 山 域 】
【メンバー】
【 天 候 】
【 ルート 】
※ユーザーでなくても返信が可能です。ユーザー名に名前を入れて返信してください。
Re: 【奥美濃】錦繍の根尾を歩く 藤谷山・西宮・角二俣
山日和さん、やぶこぎネットの皆さんお久しぶりです~。
相変わらず早朝から夕刻までどっぷりと精力的に歩かれていますね(^^)。
なんとか義父母の介護の2年も過ぎて、その後のややこしい処理が少し残っているだけになりました。
2年ほどは介護と義父の畑仕事をメインにして、森林インストラクターの大阪会と兵庫会の活動に毎月の
ように参加しつつ、近くの日本一の里山・能勢妙見山の整備活動をしていたくらいで、なかなか好きな
山にも行けずで脚力も落ちて、「こりゃだめだ」と相棒とこの5月のGWから人の少ない日の出直前の90分間を
雨の日以外は毎日速歩で脚力の復帰をめざしています(^^;)。
二人とも体だけは重たくなってしまい、10月からぼちぼち昔登った近場の低い山に行き始めてます。
なんとまぁ、知っているつもりで行っても10年以上経つと登山口の様子も様変わりしているし、登山ルートの
様子の記憶もほとんどきえてしまっていて、二人とも「ここまで記憶が消え去るものかなぁ・・・」と
苦笑いするばかりです(^^;) しかも、以前の自分のホームページ内の記録を見るのとは大違い。
どこのお手軽な山に行っても、しんどいしんどい、体が重い(^^;)
「ほんまに、じじいとばばあになったなぁ」とお互いに歳を感じて苦笑いばかりしています。
秋のオフには参加して山日和さんやBAKUさんはじめ皆さんにも久々に会いたいなぁと思っていましたが、
新型コロナがなかなかおちつかないので、近場の人が少ない山くらいにしておくことにしました。
2020/10/03【宍粟】行者ルートで後山(1344.6m)
http://www.komachans.com/2020rep/ushiroyama.html
2020/10/24【播磨】19年半ぶりの高御位山(304m)縦走
http://www.komachans.com/2020rep/takamikurayama.html
2020/10/31【播磨】15年ぶりの明神山(667.8m)
http://www.komachans.com/2020rep/myoujinsan.html
2020/11/14【但馬】11年半ぶりの朝来山(756.4m)
http://www.komachans.com/2020rep/asago.html
また体力が戻ってきて、新型コロナが落ち着いたら、山日和さんの歩く山域にも行きたいと思っています(^^)/
以上、生存証明でした(^^)v
相変わらず早朝から夕刻までどっぷりと精力的に歩かれていますね(^^)。
なんとか義父母の介護の2年も過ぎて、その後のややこしい処理が少し残っているだけになりました。
2年ほどは介護と義父の畑仕事をメインにして、森林インストラクターの大阪会と兵庫会の活動に毎月の
ように参加しつつ、近くの日本一の里山・能勢妙見山の整備活動をしていたくらいで、なかなか好きな
山にも行けずで脚力も落ちて、「こりゃだめだ」と相棒とこの5月のGWから人の少ない日の出直前の90分間を
雨の日以外は毎日速歩で脚力の復帰をめざしています(^^;)。
二人とも体だけは重たくなってしまい、10月からぼちぼち昔登った近場の低い山に行き始めてます。
なんとまぁ、知っているつもりで行っても10年以上経つと登山口の様子も様変わりしているし、登山ルートの
様子の記憶もほとんどきえてしまっていて、二人とも「ここまで記憶が消え去るものかなぁ・・・」と
苦笑いするばかりです(^^;) しかも、以前の自分のホームページ内の記録を見るのとは大違い。
どこのお手軽な山に行っても、しんどいしんどい、体が重い(^^;)
「ほんまに、じじいとばばあになったなぁ」とお互いに歳を感じて苦笑いばかりしています。
秋のオフには参加して山日和さんやBAKUさんはじめ皆さんにも久々に会いたいなぁと思っていましたが、
新型コロナがなかなかおちつかないので、近場の人が少ない山くらいにしておくことにしました。
2020/10/03【宍粟】行者ルートで後山(1344.6m)
http://www.komachans.com/2020rep/ushiroyama.html
2020/10/24【播磨】19年半ぶりの高御位山(304m)縦走
http://www.komachans.com/2020rep/takamikurayama.html
2020/10/31【播磨】15年ぶりの明神山(667.8m)
http://www.komachans.com/2020rep/myoujinsan.html
2020/11/14【但馬】11年半ぶりの朝来山(756.4m)
http://www.komachans.com/2020rep/asago.html
また体力が戻ってきて、新型コロナが落ち着いたら、山日和さんの歩く山域にも行きたいと思っています(^^)/
以上、生存証明でした(^^)v
Re: 【奥美濃】錦繍の根尾を歩く 藤谷山・西宮・角二俣
矢問さん、ご無沙汰です~。生きてたんですね。
相変わらず早朝から夕刻までどっぷりと精力的に歩かれていますね(^^)。
矢問さんの早朝とは比べものにならないですよ。
休み過ぎて夕刻になってるだけだし。
なんとか義父母の介護の2年も過ぎて、その後のややこしい処理が少し残っているだけになりました。
2年ほどは介護と義父の畑仕事をメインにして、森林インストラクターの大阪会と兵庫会の活動に毎月の
ように参加しつつ、近くの日本一の里山・能勢妙見山の整備活動をしていたくらいで、なかなか好きな
山にも行けずで脚力も落ちて、「こりゃだめだ」と相棒とこの5月のGWから人の少ない日の出直前の90分間を
雨の日以外は毎日速歩で脚力の復帰をめざしています(^^;)。
ウチは実の母が残るだけになりました。
しかし日の出直前の90分間とは・・・・これを早朝と言うんですよ。
二人とも体だけは重たくなってしまい、10月からぼちぼち昔登った近場の低い山に行き始めてます。
なんとまぁ、知っているつもりで行っても10年以上経つと登山口の様子も様変わりしているし、登山ルートの
様子の記憶もほとんどきえてしまっていて、二人とも「ここまで記憶が消え去るものかなぁ・・・」と
苦笑いするばかりです(^^;) しかも、以前の自分のホームページ内の記録を見るのとは大違い。
どこのお手軽な山に行っても、しんどいしんどい、体が重い(^^;)
「ほんまに、じじいとばばあになったなぁ」とお互いに歳を感じて苦笑いばかりしています。
まあ、みんな等しく歳食ってますからね。
知り合った頃はまだ40代前半でしたね。
秋のオフには参加して山日和さんやBAKUさんはじめ皆さんにも久々に会いたいなぁと思っていましたが、
新型コロナがなかなかおちつかないので、近場の人が少ない山くらいにしておくことにしました。
来ればよかったのに~。
人が少ないのは間違いないですよ。
また体力が戻ってきて、新型コロナが落ち着いたら、山日和さんの歩く山域にも行きたいと思っています(^^)/
以上、生存証明でした(^^)v
またご一緒しましょう。
まだ見ぬMickyさんもご一緒に。
山日和
相変わらず早朝から夕刻までどっぷりと精力的に歩かれていますね(^^)。
矢問さんの早朝とは比べものにならないですよ。
休み過ぎて夕刻になってるだけだし。
なんとか義父母の介護の2年も過ぎて、その後のややこしい処理が少し残っているだけになりました。
2年ほどは介護と義父の畑仕事をメインにして、森林インストラクターの大阪会と兵庫会の活動に毎月の
ように参加しつつ、近くの日本一の里山・能勢妙見山の整備活動をしていたくらいで、なかなか好きな
山にも行けずで脚力も落ちて、「こりゃだめだ」と相棒とこの5月のGWから人の少ない日の出直前の90分間を
雨の日以外は毎日速歩で脚力の復帰をめざしています(^^;)。
ウチは実の母が残るだけになりました。
しかし日の出直前の90分間とは・・・・これを早朝と言うんですよ。
二人とも体だけは重たくなってしまい、10月からぼちぼち昔登った近場の低い山に行き始めてます。
なんとまぁ、知っているつもりで行っても10年以上経つと登山口の様子も様変わりしているし、登山ルートの
様子の記憶もほとんどきえてしまっていて、二人とも「ここまで記憶が消え去るものかなぁ・・・」と
苦笑いするばかりです(^^;) しかも、以前の自分のホームページ内の記録を見るのとは大違い。
どこのお手軽な山に行っても、しんどいしんどい、体が重い(^^;)
「ほんまに、じじいとばばあになったなぁ」とお互いに歳を感じて苦笑いばかりしています。
まあ、みんな等しく歳食ってますからね。
知り合った頃はまだ40代前半でしたね。
秋のオフには参加して山日和さんやBAKUさんはじめ皆さんにも久々に会いたいなぁと思っていましたが、
新型コロナがなかなかおちつかないので、近場の人が少ない山くらいにしておくことにしました。
来ればよかったのに~。
人が少ないのは間違いないですよ。
また体力が戻ってきて、新型コロナが落ち着いたら、山日和さんの歩く山域にも行きたいと思っています(^^)/
以上、生存証明でした(^^)v
またご一緒しましょう。
まだ見ぬMickyさんもご一緒に。
山日和
Re: 【奥美濃】錦繍の根尾を歩く 藤谷山・西宮・角二俣
山日和さま
こんばんは。
徳山のお山に遊び、この秋の奥美濃の紅葉を味わい尽くした幸せな気持ちになりましたが、人間というものは
欲深いですね。さらに味わいたくなりました。
次は根尾のお山と話が進み、山日和さんがずっと気になっていた稜線を辿ることに。わたしは、藤谷山の南の
鞍部の茶屋峠と、「遊び谷」という、なんとも風流な名前の谷が気になっていました。
美濃と越前を結ぶ157号線は、「酷道」と呼ばれているのですね。
温見峠越えのこの道は古くから歩かれ、鎌倉時代には「いざ鎌倉」と、越前の御家人達が鎌倉へと向かった
鎌倉街道でもあったそうです。能郷、黒津間は「倉見七里」といわれた街道の難所で、今なお度々通行止め
となる難所ですね。
古道は、根尾西谷川の左岸につけられていたそうですが、山腹道よりも山越えの方が安全と、茶屋峠道を歩
く人も多かったのかな、峠にはお茶屋さんもあったのかな、などなど、地図を眺め想像していました。
歩く前から、今日は時間に余裕がある、のんびりできるとおっしゃっていましたね(笑)。
帰りのことを考え、まずは藤谷山へと、・358から急斜面に取り付きましたが、「のんびり」という言葉
とは裏腹に、ガシガシ登っていかれましたね。急こう配の斜面の登りでの二足歩行が厳しいわたしは、四足
歩行で後を追うのに必死でした。直登しようとするからか・・(笑)
傾斜が緩やかになり、「目の覚めるような赤と黄の饗宴」が目に飛び込んだ瞬間、感嘆の声をあげました。
紅黄葉真っ盛りでしたね。ヤブも無く歩きやすい尾根。でも、「極楽尾根の称号を与えられる資格充分だ」
の言葉には、笑ってしまいました。
山日和さん、対岸の藤谷山山頂から延びる赤や黄に彩られた尾根を眺めながら、「あっちにしたらよかった」
と何度か口走っていましたよね(笑)。
真っ赤に光り輝いていたのは△865.1台金というお山なのですね。凛とした美しいお姿でした。何度も
振り返り眺めていました。
澄み切った秋の空の下の紅黄葉の山は、からりと明るく、先週とはまた違った情緒に包まれていました。
空も、山も、「黄色と淡いオレンジの華やかな衣装で着飾ったブナ」も、煌めく秋を謳歌していました。
その歌声に乗るように、藤谷山まで一気に登ってしまいましたね。
△1140.3西宮へは、なんとなく杣道が残っていましたね。植林を抜けると、シロモジの林。
ところどころでワイヤーも見かけました。かつて林業が盛んな山だったのでしょうね。
1060mの台地に着いた時、あっと、息を呑みこみました。
でんとした幹と根でしっかりと大地を掴み、力強い枝を四方に思いっきり広げ、山を見守っているブナの木々。
木々の向こうには屏風山が静かに佇み、かなたには白山が浮かんでいました。予想外の夢のような風景に、
言葉を失いました。
ひと登りして山頂に。
青い空と、前山と磯倉の、どこまでも清澄な輝きの中に、吸いこまれていきそうになり、その場から動けなく
なりました。
「時間に余裕があるから大丈夫」と、のんびりしすぎてしまいましたね。食後のコーヒーは△851角二俣に
着いてからにしたらよかったと反省です。
ここからは、ちょっと急ぎ足になってしまいましたね。
茶屋峠へは、尾根を外してしまいましたが、遊び谷を覗くことが出来ました。
峠の周辺から角二俣までは植林が続きましたが、山頂周辺の「西日を受けて輝く黄葉の森」に、しみじみした
ものを感じましたね。地図を見て気持ちよさそうと思ったやわらかな斜面は、黄金色にやさしく包まれていま
した。遊び谷に降り立つ尾根が気になりました。
・785からの尾根の途中で現れた掘り込まれた道は、茶屋峠道なのではと思いました。
峠からトラバースして尾根へと道が続いていたのでは。道形が見られた辺りの紅黄葉は艶やかでしたね。
秋の日はつるべ落とし。夕闇に捕まる直前に、車道に降り立ちよかったです。
紅黄葉に酔いしれながらも、じっと見つめた足元と、出会った数々の風景の先に、あらたに繋がっていく山旅の
予感を抱いた、徳山、根尾の山旅でした。
ありがとうございました!
sato
こんばんは。
徳山のお山に遊び、この秋の奥美濃の紅葉を味わい尽くした幸せな気持ちになりましたが、人間というものは
欲深いですね。さらに味わいたくなりました。
次は根尾のお山と話が進み、山日和さんがずっと気になっていた稜線を辿ることに。わたしは、藤谷山の南の
鞍部の茶屋峠と、「遊び谷」という、なんとも風流な名前の谷が気になっていました。
美濃と越前を結ぶ157号線は、「酷道」と呼ばれているのですね。
温見峠越えのこの道は古くから歩かれ、鎌倉時代には「いざ鎌倉」と、越前の御家人達が鎌倉へと向かった
鎌倉街道でもあったそうです。能郷、黒津間は「倉見七里」といわれた街道の難所で、今なお度々通行止め
となる難所ですね。
古道は、根尾西谷川の左岸につけられていたそうですが、山腹道よりも山越えの方が安全と、茶屋峠道を歩
く人も多かったのかな、峠にはお茶屋さんもあったのかな、などなど、地図を眺め想像していました。
歩く前から、今日は時間に余裕がある、のんびりできるとおっしゃっていましたね(笑)。
帰りのことを考え、まずは藤谷山へと、・358から急斜面に取り付きましたが、「のんびり」という言葉
とは裏腹に、ガシガシ登っていかれましたね。急こう配の斜面の登りでの二足歩行が厳しいわたしは、四足
歩行で後を追うのに必死でした。直登しようとするからか・・(笑)
傾斜が緩やかになり、「目の覚めるような赤と黄の饗宴」が目に飛び込んだ瞬間、感嘆の声をあげました。
紅黄葉真っ盛りでしたね。ヤブも無く歩きやすい尾根。でも、「極楽尾根の称号を与えられる資格充分だ」
の言葉には、笑ってしまいました。
山日和さん、対岸の藤谷山山頂から延びる赤や黄に彩られた尾根を眺めながら、「あっちにしたらよかった」
と何度か口走っていましたよね(笑)。
真っ赤に光り輝いていたのは△865.1台金というお山なのですね。凛とした美しいお姿でした。何度も
振り返り眺めていました。
澄み切った秋の空の下の紅黄葉の山は、からりと明るく、先週とはまた違った情緒に包まれていました。
空も、山も、「黄色と淡いオレンジの華やかな衣装で着飾ったブナ」も、煌めく秋を謳歌していました。
その歌声に乗るように、藤谷山まで一気に登ってしまいましたね。
△1140.3西宮へは、なんとなく杣道が残っていましたね。植林を抜けると、シロモジの林。
ところどころでワイヤーも見かけました。かつて林業が盛んな山だったのでしょうね。
1060mの台地に着いた時、あっと、息を呑みこみました。
でんとした幹と根でしっかりと大地を掴み、力強い枝を四方に思いっきり広げ、山を見守っているブナの木々。
木々の向こうには屏風山が静かに佇み、かなたには白山が浮かんでいました。予想外の夢のような風景に、
言葉を失いました。
ひと登りして山頂に。
青い空と、前山と磯倉の、どこまでも清澄な輝きの中に、吸いこまれていきそうになり、その場から動けなく
なりました。
「時間に余裕があるから大丈夫」と、のんびりしすぎてしまいましたね。食後のコーヒーは△851角二俣に
着いてからにしたらよかったと反省です。
ここからは、ちょっと急ぎ足になってしまいましたね。
茶屋峠へは、尾根を外してしまいましたが、遊び谷を覗くことが出来ました。
峠の周辺から角二俣までは植林が続きましたが、山頂周辺の「西日を受けて輝く黄葉の森」に、しみじみした
ものを感じましたね。地図を見て気持ちよさそうと思ったやわらかな斜面は、黄金色にやさしく包まれていま
した。遊び谷に降り立つ尾根が気になりました。
・785からの尾根の途中で現れた掘り込まれた道は、茶屋峠道なのではと思いました。
峠からトラバースして尾根へと道が続いていたのでは。道形が見られた辺りの紅黄葉は艶やかでしたね。
秋の日はつるべ落とし。夕闇に捕まる直前に、車道に降り立ちよかったです。
紅黄葉に酔いしれながらも、じっと見つめた足元と、出会った数々の風景の先に、あらたに繋がっていく山旅の
予感を抱いた、徳山、根尾の山旅でした。
ありがとうございました!
sato
Re: 【奥美濃】錦繍の根尾を歩く 藤谷山・西宮・角二俣
satoちゃん、どうもです。
次は根尾のお山と話が進み、山日和さんがずっと気になっていた稜線を辿ることに。わたしは、藤谷山の南の鞍部の茶屋峠と、「遊び谷」という、なんとも風流な名前の谷が気になっていました。
茶屋峠はありそうだけど、遊び谷っていうのは他にはない名前だから気になりますね。
温見峠越えのこの道は古くから歩かれ、鎌倉時代には「いざ鎌倉」と、越前の御家人達が鎌倉へと向かった鎌倉街道でもあったそうです。能郷、黒津間は「倉見七里」といわれた街道の難所で、今なお度々通行止めとなる難所ですね。
古道は、根尾西谷川の左岸につけられていたそうですが、山腹道よりも山越えの方が安全と、茶屋峠道を歩く人も多かったのかな、峠にはお茶屋さんもあったのかな、などなど、地図を眺め想像していました。
それは知らなかった。
倉見七里は険しくて、それを避けるために茶屋峠越えの道が使われたんでしょうね。
歩く前から、今日は時間に余裕がある、のんびりできるとおっしゃっていましたね(笑)。
帰りのことを考え、まずは藤谷山へと、・358から急斜面に取り付きましたが、「のんびり」という言葉とは裏腹に、ガシガシ登っていかれましたね。急こう配の斜面の登りでの二足歩行が厳しいわたしは、四足歩行で後を追うのに必死でした。直登しようとするからか・・(笑)
まあ、読み違いというのは往々にしてあるもんです。
この日は調子がよかったのか、スイスイと歩けました。
傾斜が緩やかになり、「目の覚めるような赤と黄の饗宴」が目に飛び込んだ瞬間、感嘆の声をあげました。
紅黄葉真っ盛りでしたね。ヤブも無く歩きやすい尾根。でも、「極楽尾根の称号を与えられる資格充分だ」の言葉には、笑ってしまいました。
あの高度の紅黄葉はジャストタイミングでした。
極楽尾根って、なんか使いたくなるよね。
山日和さん、対岸の藤谷山山頂から延びる赤や黄に彩られた尾根を眺めながら、「あっちにしたらよかった」と何度か口走っていましたよね(笑)。
隣の芝生は青い・・・・実際はヤブっぽいらしいよ。(reiさん、ヤドカリさん談)
真っ赤に光り輝いていたのは△865.1台金というお山なのですね。凛とした美しいお姿でした。何度も振り返り眺めていました。
かっこいい姿でしたね。あちらも自然林のいい山らしいです。
△1140.3西宮へは、なんとなく杣道が残っていましたね。植林を抜けると、シロモジの林。
ところどころでワイヤーも見かけました。かつて林業が盛んな山だったのでしょうね。
最初の植林帯でガックリだったけど、その後にご褒美が待っているとは思いませんでした。
1060mの台地に着いた時、あっと、息を呑みこみました。
でんとした幹と根でしっかりと大地を掴み、力強い枝を四方に思いっきり広げ、山を見守っているブナの木々。
木々の向こうには屏風山が静かに佇み、かなたには白山が浮かんでいました。予想外の夢のような風景に、言葉を失いました。
この台地は素晴らしかったね。雪の季節はどんなんだろうと想像しましたね。
Satoちゃんは、「今度は雪の時期に」と言ってたけど、雪が積もると入れないんですよね。
能郷谷からなら可能か。
ひと登りして山頂に。
青い空と、前山と磯倉の、どこまでも清澄な輝きの中に、吸いこまれていきそうになり、その場から動けなくなりました。
「時間に余裕があるから大丈夫」と、のんびりしすぎてしまいましたね。食後のコーヒーは△851角二俣に着いてからにしたらよかったと反省です。
余裕かまし過ぎてしまいました。 それほど落ち着く、魅力的な場所でしたね。
ここからは、ちょっと急ぎ足になってしまいましたね。
茶屋峠へは、尾根を外してしまいましたが、遊び谷を覗くことが出来ました。
遊び谷も茶屋峠も、頭で想像しているだけの方がよかったかも。
峠の周辺から角二俣までは植林が続きましたが、山頂周辺の「西日を受けて輝く黄葉の森」に、しみじみしたものを感じましたね。地図を見て気持ちよさそうと思ったやわらかな斜面は、黄金色にやさしく包まれていました。遊び谷に降り立つ尾根が気になりました。
角二俣までの尾根は期待外れだったけど、山頂の能郷谷側だけはいい雰囲気で助かりました。
・785からの尾根の途中で現れた掘り込まれた道は、茶屋峠道なのではと思いました。
峠からトラバースして尾根へと道が続いていたのでは。道形が見られた辺りの紅黄葉は艶やかでしたね。
おそらくそうでしょうね。
秋の日はつるべ落とし。夕闇に捕まる直前に、車道に降り立ちよかったです。
まあ、計算通りということで・・・
山日和
次は根尾のお山と話が進み、山日和さんがずっと気になっていた稜線を辿ることに。わたしは、藤谷山の南の鞍部の茶屋峠と、「遊び谷」という、なんとも風流な名前の谷が気になっていました。
茶屋峠はありそうだけど、遊び谷っていうのは他にはない名前だから気になりますね。
温見峠越えのこの道は古くから歩かれ、鎌倉時代には「いざ鎌倉」と、越前の御家人達が鎌倉へと向かった鎌倉街道でもあったそうです。能郷、黒津間は「倉見七里」といわれた街道の難所で、今なお度々通行止めとなる難所ですね。
古道は、根尾西谷川の左岸につけられていたそうですが、山腹道よりも山越えの方が安全と、茶屋峠道を歩く人も多かったのかな、峠にはお茶屋さんもあったのかな、などなど、地図を眺め想像していました。
それは知らなかった。
倉見七里は険しくて、それを避けるために茶屋峠越えの道が使われたんでしょうね。
歩く前から、今日は時間に余裕がある、のんびりできるとおっしゃっていましたね(笑)。
帰りのことを考え、まずは藤谷山へと、・358から急斜面に取り付きましたが、「のんびり」という言葉とは裏腹に、ガシガシ登っていかれましたね。急こう配の斜面の登りでの二足歩行が厳しいわたしは、四足歩行で後を追うのに必死でした。直登しようとするからか・・(笑)
まあ、読み違いというのは往々にしてあるもんです。
この日は調子がよかったのか、スイスイと歩けました。
傾斜が緩やかになり、「目の覚めるような赤と黄の饗宴」が目に飛び込んだ瞬間、感嘆の声をあげました。
紅黄葉真っ盛りでしたね。ヤブも無く歩きやすい尾根。でも、「極楽尾根の称号を与えられる資格充分だ」の言葉には、笑ってしまいました。
あの高度の紅黄葉はジャストタイミングでした。
極楽尾根って、なんか使いたくなるよね。
山日和さん、対岸の藤谷山山頂から延びる赤や黄に彩られた尾根を眺めながら、「あっちにしたらよかった」と何度か口走っていましたよね(笑)。
隣の芝生は青い・・・・実際はヤブっぽいらしいよ。(reiさん、ヤドカリさん談)
真っ赤に光り輝いていたのは△865.1台金というお山なのですね。凛とした美しいお姿でした。何度も振り返り眺めていました。
かっこいい姿でしたね。あちらも自然林のいい山らしいです。
△1140.3西宮へは、なんとなく杣道が残っていましたね。植林を抜けると、シロモジの林。
ところどころでワイヤーも見かけました。かつて林業が盛んな山だったのでしょうね。
最初の植林帯でガックリだったけど、その後にご褒美が待っているとは思いませんでした。
1060mの台地に着いた時、あっと、息を呑みこみました。
でんとした幹と根でしっかりと大地を掴み、力強い枝を四方に思いっきり広げ、山を見守っているブナの木々。
木々の向こうには屏風山が静かに佇み、かなたには白山が浮かんでいました。予想外の夢のような風景に、言葉を失いました。
この台地は素晴らしかったね。雪の季節はどんなんだろうと想像しましたね。
Satoちゃんは、「今度は雪の時期に」と言ってたけど、雪が積もると入れないんですよね。
能郷谷からなら可能か。
ひと登りして山頂に。
青い空と、前山と磯倉の、どこまでも清澄な輝きの中に、吸いこまれていきそうになり、その場から動けなくなりました。
「時間に余裕があるから大丈夫」と、のんびりしすぎてしまいましたね。食後のコーヒーは△851角二俣に着いてからにしたらよかったと反省です。
余裕かまし過ぎてしまいました。 それほど落ち着く、魅力的な場所でしたね。
ここからは、ちょっと急ぎ足になってしまいましたね。
茶屋峠へは、尾根を外してしまいましたが、遊び谷を覗くことが出来ました。
遊び谷も茶屋峠も、頭で想像しているだけの方がよかったかも。
峠の周辺から角二俣までは植林が続きましたが、山頂周辺の「西日を受けて輝く黄葉の森」に、しみじみしたものを感じましたね。地図を見て気持ちよさそうと思ったやわらかな斜面は、黄金色にやさしく包まれていました。遊び谷に降り立つ尾根が気になりました。
角二俣までの尾根は期待外れだったけど、山頂の能郷谷側だけはいい雰囲気で助かりました。
・785からの尾根の途中で現れた掘り込まれた道は、茶屋峠道なのではと思いました。
峠からトラバースして尾根へと道が続いていたのでは。道形が見られた辺りの紅黄葉は艶やかでしたね。
おそらくそうでしょうね。
秋の日はつるべ落とし。夕闇に捕まる直前に、車道に降り立ちよかったです。
まあ、計算通りということで・・・
山日和