【鈴鹿】大谷道を発見 福岡野につづく道8
Posted: 2011年11月27日(日) 07:48
【日 付】2011年11月26日(土)
【山 域】鈴鹿
【コース】青川P7:14---8:58三神谷口---10:35念仏滝---11:58中尾12:50---14:37青川P
【メンバー】単独
江戸時代の古地図「南河内絵図」(1774年)に三光谷から念仏滝を越え左股のオノブをつめ県境稜線の牛道につながる大谷道という道がえがかれている。この道は、孫太尾根の牛道につながり精錬所のあった福岡野までつづいている。これまで二度探索に行った。二度とも西尾本の「左岸に谷から2~3m高いトラバース道となる」という記述にしたがい歩くが、佐次兵衛鋪という坑口に上りつき孫太尾根に追いやられてしまう。現在は、左岸のトラバース道は無いので、今回は右岸を探ることにした。
[attachment=0]2IMG_2699 .jpg[/attachment]
青川駐車場に到着。半年ぶりだ、少しご無沙汰しすぎたかな。
今年出来た大堰堤の奥に新たな堰堤の工事が始まっていた。工事が本格化すると通りにくくなるかなと思いながら通過する。この日も朝から工事の準備をしていた。ヤスミを過ぎ下り藤を経て三光谷出会いに着く。ここまで、青川の流れにより土砂が堆積して出来た段丘が以前より高くなっており歩きにくかった。
二つ重なった鉱夫の墓をすぎ歩いていくと、どピンクのペイントが現れる。半年前に歩いた時には無かったものだ。Tのペイントは、中尾に通じる尾根や谷筋につけられているようだ。どピンクというのはどうかと思うが、中尾に導こうという意図でつけられている。
三神谷口の焼釜で一息つき、対岸のゼンデラに向かう。緑水さんのレポどおり大木の横に杭も打たれていた。
緑水さんのレポの返答に「ヨヘジ谷と三光谷間の尾根を登り」と書いてあった。ならば、この尾根を上り、トラバースしてオノブに行けないかと考えた。地図を見る分には左岸より右岸の方が厳しそうだが、行ってみないとわからない。左岸は地図に現れないクラがいくつかあり苦労した。ヨヘジ谷と三光谷の間の尾根に取りつく。急な上りになっていくが尾根上には古木も残されている。トラバースを予定していた550m地点まで上ってきた。尾根の右に白い粉が噴き出た部分のある大岩がある。この下のあたりを探ると、埋もれかけた坑口発見。この坑口は「伊勢治田銀銅山の今昔」(黒川静夫)には記述されていない。ただ、「南河内絵図」にこのあたりで唯一えがかれている坑口の場所と同じように思う。
[attachment=4]IMG_4493.jpg[/attachment]
大岩からトラバースしていく。左岸に比べ右岸の方が獣道が多いようだ。獣道をひろいながら歩いていくと。クラの立った小谷に出会う。なかなか雰囲気のいい場所だ。岩場の下を巻き尾根を上りかえす。しばらくトラバースすると滝の音が聞こえ、大木が何本か残されている場所に着く。ここにはアガリコもあり、人がかかわってきた場所であることがわかる。
[attachment=3]IMG_4495.jpg[/attachment]
ザックをデポし小尾根を下ると、念仏滝に着く。念仏滝は四段滝で、滝口からは一番下の滝しか見えない。少し上がった所で写真を撮るが、木がじゃましてきれいには撮れなかった。この小尾根にもポイントとなる古木が残されており昔から使われてきた道のようだ。
[attachment=2]IMG_4497.jpg[/attachment]
デポ地点からのトラバースルートには古木がいくつか残されている。古木や獣道と相談しながらトラバースしていくと念仏滝の上に出た。家に帰ってから「南河内絵図」を見ると、大谷道は二股の手前で右岸から左岸に移っている。二股の手前に念仏滝があるので、念仏滝手前の左岸の小尾根を上り、大木が残されている地点から古木にそってトラバースしていくルートが江戸時代から続く大谷道と考えてよさそうだ。
[attachment=1]IMG_4504.jpg[/attachment]
ここから左股のオノブをつめるのだが、土の谷をV字に切れ込んでおりかなり厳しい。濡れるのを覚悟の上で谷中を歩けばどうにかなるかもしれないが、この時期には御免こうむりたい。谷から離れないようにトラバースしたいのはやまやまだが、下付きの無い斜面では難しい。獣道すらない。結局、小尾根に追いやられ木の根だよりの激上りをし、中尾の上部に着いてしまった。
時間もあるので、まずは茶を立てる。今日は落ち葉の落雁をお茶請けに持ってきている。オフ会の時に食べなかったラーメンを食し、中尾を下る。
添水銀山道の分かれ道をすぎ、左手のヨヘジ谷に下るコル、右手に七曲りにつながる小尾根を見送り下りて行く。しばらく行くと檜谷側に白く光る物が見えた。よく見ると緑青岩の上部が西日に照らされて輝いている。久々に、緑青岩を見に行く。この岩、思ったより大きい。精錬のために立木が伐採されつくしていた江戸時代なら日ノ岡稲荷からもよく見えたことだろう。「南河内絵図」にえがかれているはずだ。
三光谷の右岸をさぐり、「南河内絵図」にえがかれている坑口と念仏滝を巻く古道が発見できたのは大きな収穫だった。大谷道については、「南河内絵図」には出てくるがそれ以降は消えていく。檜谷道やヨヘジ谷道が猟師道や登山道として使われつつ残っているのとは大きな違いだ。それだけに、念仏滝の巻き道が古木の目印とともに残っていたのには正直驚いた。
【山 域】鈴鹿
【コース】青川P7:14---8:58三神谷口---10:35念仏滝---11:58中尾12:50---14:37青川P
【メンバー】単独
江戸時代の古地図「南河内絵図」(1774年)に三光谷から念仏滝を越え左股のオノブをつめ県境稜線の牛道につながる大谷道という道がえがかれている。この道は、孫太尾根の牛道につながり精錬所のあった福岡野までつづいている。これまで二度探索に行った。二度とも西尾本の「左岸に谷から2~3m高いトラバース道となる」という記述にしたがい歩くが、佐次兵衛鋪という坑口に上りつき孫太尾根に追いやられてしまう。現在は、左岸のトラバース道は無いので、今回は右岸を探ることにした。
[attachment=0]2IMG_2699 .jpg[/attachment]
青川駐車場に到着。半年ぶりだ、少しご無沙汰しすぎたかな。
今年出来た大堰堤の奥に新たな堰堤の工事が始まっていた。工事が本格化すると通りにくくなるかなと思いながら通過する。この日も朝から工事の準備をしていた。ヤスミを過ぎ下り藤を経て三光谷出会いに着く。ここまで、青川の流れにより土砂が堆積して出来た段丘が以前より高くなっており歩きにくかった。
二つ重なった鉱夫の墓をすぎ歩いていくと、どピンクのペイントが現れる。半年前に歩いた時には無かったものだ。Tのペイントは、中尾に通じる尾根や谷筋につけられているようだ。どピンクというのはどうかと思うが、中尾に導こうという意図でつけられている。
三神谷口の焼釜で一息つき、対岸のゼンデラに向かう。緑水さんのレポどおり大木の横に杭も打たれていた。
緑水さんのレポの返答に「ヨヘジ谷と三光谷間の尾根を登り」と書いてあった。ならば、この尾根を上り、トラバースしてオノブに行けないかと考えた。地図を見る分には左岸より右岸の方が厳しそうだが、行ってみないとわからない。左岸は地図に現れないクラがいくつかあり苦労した。ヨヘジ谷と三光谷の間の尾根に取りつく。急な上りになっていくが尾根上には古木も残されている。トラバースを予定していた550m地点まで上ってきた。尾根の右に白い粉が噴き出た部分のある大岩がある。この下のあたりを探ると、埋もれかけた坑口発見。この坑口は「伊勢治田銀銅山の今昔」(黒川静夫)には記述されていない。ただ、「南河内絵図」にこのあたりで唯一えがかれている坑口の場所と同じように思う。
[attachment=4]IMG_4493.jpg[/attachment]
大岩からトラバースしていく。左岸に比べ右岸の方が獣道が多いようだ。獣道をひろいながら歩いていくと。クラの立った小谷に出会う。なかなか雰囲気のいい場所だ。岩場の下を巻き尾根を上りかえす。しばらくトラバースすると滝の音が聞こえ、大木が何本か残されている場所に着く。ここにはアガリコもあり、人がかかわってきた場所であることがわかる。
[attachment=3]IMG_4495.jpg[/attachment]
ザックをデポし小尾根を下ると、念仏滝に着く。念仏滝は四段滝で、滝口からは一番下の滝しか見えない。少し上がった所で写真を撮るが、木がじゃましてきれいには撮れなかった。この小尾根にもポイントとなる古木が残されており昔から使われてきた道のようだ。
[attachment=2]IMG_4497.jpg[/attachment]
デポ地点からのトラバースルートには古木がいくつか残されている。古木や獣道と相談しながらトラバースしていくと念仏滝の上に出た。家に帰ってから「南河内絵図」を見ると、大谷道は二股の手前で右岸から左岸に移っている。二股の手前に念仏滝があるので、念仏滝手前の左岸の小尾根を上り、大木が残されている地点から古木にそってトラバースしていくルートが江戸時代から続く大谷道と考えてよさそうだ。
[attachment=1]IMG_4504.jpg[/attachment]
ここから左股のオノブをつめるのだが、土の谷をV字に切れ込んでおりかなり厳しい。濡れるのを覚悟の上で谷中を歩けばどうにかなるかもしれないが、この時期には御免こうむりたい。谷から離れないようにトラバースしたいのはやまやまだが、下付きの無い斜面では難しい。獣道すらない。結局、小尾根に追いやられ木の根だよりの激上りをし、中尾の上部に着いてしまった。
時間もあるので、まずは茶を立てる。今日は落ち葉の落雁をお茶請けに持ってきている。オフ会の時に食べなかったラーメンを食し、中尾を下る。
添水銀山道の分かれ道をすぎ、左手のヨヘジ谷に下るコル、右手に七曲りにつながる小尾根を見送り下りて行く。しばらく行くと檜谷側に白く光る物が見えた。よく見ると緑青岩の上部が西日に照らされて輝いている。久々に、緑青岩を見に行く。この岩、思ったより大きい。精錬のために立木が伐採されつくしていた江戸時代なら日ノ岡稲荷からもよく見えたことだろう。「南河内絵図」にえがかれているはずだ。
三光谷の右岸をさぐり、「南河内絵図」にえがかれている坑口と念仏滝を巻く古道が発見できたのは大きな収穫だった。大谷道については、「南河内絵図」には出てくるがそれ以降は消えていく。檜谷道やヨヘジ谷道が猟師道や登山道として使われつつ残っているのとは大きな違いだ。それだけに、念仏滝の巻き道が古木の目印とともに残っていたのには正直驚いた。