【大和街道】加太越え奈良道 東海道関宿〜佐那具

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シュークリーム
記事: 2157
登録日時: 2012年2月26日(日) 17:35
お住まい: 三重県津市

【大和街道】加太越え奈良道 東海道関宿〜佐那具

投稿記事 by シュークリーム »

【 日 付 】2024年10月31日(木) 歩行距離 25.9 km
【メンバー】単独
【 天 候 】うす曇り
【 ルート】道の駅関 6:49 --- 13:51 JR佐那具駅14:26 ---🚃--- 14:59 JR関駅

大和街道は関宿西の追分で東海道から分岐し,加太峠を越え,奈良へ向かう街道である。奈良に都があった頃は都から東国へ向かう幹線道路だったらしい。古くは壬申の乱の時に大海人皇子が東国へ向かった道であり,源義経が木曽義仲を打つために通ったと伝えられている。近世では,本能寺の変の時に,徳川家康が信楽から桜峠を経て伊賀から加太越えで関へ抜けた道であると言われている。都が京都に移されてからは近江から鈴鹿峠を越える東海道が主街道となり,大和街道は脇街道になったらしい。

関から柘植へ抜ける加太峠越えの道は,鈴鹿山脈が尽きる南鈴鹿の南端と布引山地の北端の間の地溝帯を通っており,鈴鹿越えの険路と比べるとアップダウンが少なく,歩きやすい道である。おそらく,日本の要衝である近江を外すことができないため,険しい鈴鹿越えを通らざるを得なかったのだろう。
東海道関宿
東海道関宿
東海道関宿近くの「道の駅関」に車を止めさせてもらい,関宿に入っていく。朝早く,人気のない関宿は昔ながらの風情を色濃く残していて,東海道や中山道の宿場を数多く歩いてきた私の目から見ても素敵な宿場である。このような風景をよく残していてくれたものだと感謝の気持ちがする。道中の無事を祈って関地蔵院にお参りしていく。
地蔵
地蔵
関宿西の追分で東海道から別れ,国道25号線に入っていく。25号線といっても,現在の25号線は名阪国道になっており,下道の25号線は旧国道なので交通量は少ない。時折,通勤の車が通るだけである。道路脇に多く残る石造りの地蔵様たちがこの道が古い街道であることを物語っている。地蔵を見かけるたびに簡単にお参りしていく。JR加太駅のある加太集落は大和街道の主要な宿場である。
加太宿
加太宿
加太集落の途中で左に折れ,国道から梶ヶ坂方面に入っていく。ガイドブックでは地道で通りにくいと書いてあり,波線になっているが,普通の道で何の支障もなかった。低い峠を越えたところに,突然,東屋がある公園風の場所が現れた。「亀山森林公園やまびこ」というところで,山中の休耕田を使用して湿地を再生したらしい。最近できたようで,東屋やトイレなどもあり,いいところなのだが,訪れる人がいるのかどうか。せっかく作ったのだからこのままさびれることがないようにしてほしいものだ。
亀山森林公園やまびこ
亀山森林公園やまびこ
このあとはひたすら国道歩きになるが,国道と平行して走る関西本線が面白い。本数は多くないが,時折マッチ箱のような1両だけのディーゼル機関車が通り過ぎていく。この辺りは電化されていないのだ。関西本線は明治23年に当時の私鉄関西鉄道によって柘植〜四日市間が開業した。開業当時のレンガ造りの橋梁が今も使われており,目を慰めてくれる。
関西本線板屋川橋梁
関西本線板屋川橋梁
関西本線を走るマッチ箱機関車
関西本線を走るマッチ箱機関車
この辺りで採石場が何箇所か出てくる。「天空の城ラピュタ」に出てくるようなつぎはぎだらけの工場だ。砂利を積んだダンプが狭い道を疾走していると聞いていたので心配していたのだが,会ったダンプは1台だけで,心配したようなことはなかった。
「天空の城ラピュタ」に出てきそうな採石工場
「天空の城ラピュタ」に出てきそうな採石工場
大きなため池を二つ見送ると街道は国道を外れ,旧道を伊賀盆地へと入っていく。柘植の町である。町並み自体は昔とは変わっているが,道は旧街道の面影を残して微妙に屈曲しながら続いている。街道脇に作家の横水利一が小学校時代に4年間ほど過ごしたという家の跡がある。ここは横水利一の母親の故郷であり,鉄道技師だった利一の父親が仕事で朝鮮に行っていた時期に,柘植の叔父の家に4年間住んでいたらしい。近くには横水公園という公園があり,文学碑なども立てられているらしい。横水利一の小説は確か「旅愁」を読んだ記憶があるが,内容はすっかり忘れてしまった。
横光利一記念地
横光利一記念地
大和街道はこのあと柘植川の右岸に沿って走っている。盆地らしく四方には山並みが見えるが,大きな盆地でほぼ平坦な道を淡々と歩いていく。おそらく元の大和街道はこの辺りでは消失していて,それらしいルートを大和街道として選んでいるのではないか。途中,小さな造り酒屋などもある。

国道25号線で柘植川を渡ってさらに西進すると佐那具の集落で,そこにJR佐那具駅があった。まだ午後2時で欲張れば伊賀上野まで行けるのだが,もう26キロも歩いているし,伊賀上野は次回の楽しみに残しておこう。

佐那具駅から1両だけのマッチ箱のようなワンマン機関車に乗って関に戻った。ちなみに,関西本線の亀山〜加茂間は典型的なローカル路線で,1日あたりの利用者数が1000人を下回っている。廃線の危機に瀕した路線である。なんとかこの路線を残そうといろいろ努力されているらしいが,なかなか難しそうだ。ローカル路線フェチとして私ができることはこのように街道歩きの傍,ときどき利用することしかないのだろうか。そんなことを考えながら関駅に降り立った。
                         @シュークリーム@
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