【野坂山地】 山笑う越前の里山の物語を聞きながら 中山、岩籠山
Posted: 2023年5月06日(土) 09:21
【日 付】 2023年4月28日
【山 域】 野坂山地
【天 候】 晴れ
【コース】 岩籠山登山口駐車場~駄口~・380~・705北東尾根~・705~
△786.8中山~△739.7~・677~インディアン平原~P
アセビ、ツバキ、ユズリハ・・・常緑樹の深緑色の葉っぱを払いのけ進んでいくと、萌黄色にぽわんと光る広場が目に飛び込んだ。
わぁ、と、ちいさく声を上げる。そして、その数十秒後、泥濘にはまりそうになりながら、
まっすぐに降り注ぐ初夏の粒子を含んだ朝の光で、黒茶色に煌めく沼池の縁の、ふわりとした草地にわたしは立っていた。
昨年の冬の始まり、気になりつつもそのままになっていた、駄口集落裏山の尾根と谷が織りなす不思議な地形を覗くことが出来た。
・705の北から生まれた流れは、水を集め、谷幅を広げ、ゆるやかに流れ落ち、あともう少しで五位川というところで、
くるりと向きを変え駄口の集落の方へと向かっている。
五位川と駄口の裏山からの水が集まった谷に囲まれた・380は、まあるい島のよう。どんな流れなのだろう。
どんな風景が広がっているのだろう。地図を眺める度に物語を感じていた。
古来、畿内と越前を結ぶ幹道で、かつて七里半街道と呼ばれた海津と疋田間の街道の荷継場としてにぎわった、
今はしんと静まり返っている駄口の集落から谷に入ると、灌木の生い茂った広い岸辺には、田んぼの面影が見られた。
石積みや水路も、ところどころで残っていた。生きるために、何世代にも渡り築き上げていったのだろう。
見事な田んぼの跡が続いていった。田んぼに気を取られ、どこを歩いているのか分らなくなってしまったほどだった。
遡っていく流れに右から流れが合わさるのを確認し、西から南へと向かっているのが分かった。
そして、ふたつめの流れ、・705の北を源とする谷の音を聞いた先の平坦地で、夢のような光景に出会った。
今、わたしが立つ、沼が広がる湿原地だ。ここも大きな田んぼだったことがうかがわれた。
時代を経て、村びとが手放した田んぼは、お山へと還っていき、冬の太陽の光に照らされ穏やかに輝く別天地となっていた。
息を呑み、飴色に光る湿原を眺めながら、今度は、萌え出づる春の情景に出会いたいと思ったのだった。
緑色を表す言葉は、どのくらいあるのだろう。
濃淡あらゆる緑色で彩られたお山に囲まれた湿原地は、まさに緑の楽園。
うっとり夢見心地になる。と、同時に、しんみりとした気持ちに襲われた。
気が付けば、やわらかな光の中の煌めく陰に、目が吸い込まれていた。
溢れる緑には、田んぼが広がっていたころの調和のとれた風景が、
透き通った水面には、村人が流した汗、涙のひとしずくが、静かに穏やかに映っていた。
・380の山裾には炭焼き窯の跡が見られた。ここから木立の間を縫いながら山頂へと登っていく。
若草色に覆われた山頂には、ひょっとしたら祠があるかもと思ったが、清冽な空気が漂うばかりだった。
緑の海でカケスが遊んでいる。ぱぁっと飛び去った時、青い羽根が鮮烈な光を放った。
しあわせの青い鳥かぁ。しばらくの間、褐色のカケスのうつくしい青い羽根が、頭の中を渦巻き離れなかった。
湿原に戻ってからは、東へと谷を下り、・385の尾根を登ろうと思っていた。
標高500~550mの地形が気になっていたのだ。でも、植林地帯に入り、この細い尾根は放置植林とヤブかな、
イバラが多いかも、と、ぐずぐずした気持ちが湧き上がり、・705から延びる尾根に取りついていた。
80mほど登ると昨冬登った尾根と合わさった。
植林を抜けると、ユズリハが主体の灌木が行く手を遮り始めた。
駄口の集落では、大正から昭和10年ごろまで全戸が炭焼きに従事していたという。
この尾根も歩かれていたはずだが、杣道の痕跡はもはやない。えい、とかき分けても、跳ね返され越せない箇所も。
今回は、ひとりだからか。わたしが、春の勢いに負けているからか。春の木々はエネルギーに満ち溢れている。
昨冬も枝をかき分け進んでいったが、今日ほど鬱陶しいとは思わなかった。
払っても払っても次々とズボンに引っ付いてくるダニが、鬱陶しさに輪をかける。
ブナが出てきたと思ったら、幹には古いけれどたくさんのクマの爪痕が。あたりを見渡せないので落ち着かなさも加わる。
木立の向こうに、新緑のブナが立ち並ぶやわらかな谷の源頭が見えた時、ほっと胸をなでおろした。
・705から北上する前に、△786.8中山に向かう。
目的地は、山頂北西の地図には現れていないちいさな二重山稜地形。
昨秋、滝ヶ谷を遡った時の下りで出会った、おおきなブナの木々が佇む窪地だ。
記憶に刻まれている、枝をのびやかに広げたブナの木の下に立つ。
ひと息ついて、春のよろこびを映したちいさな池をめがけて、ぱたぱたと駆け下りていく。
今日もまた、お山の秘密の表情に出会えたよろこびに包まれる。
帰りは、思い出の滝ケ谷右俣の源頭の風景を楽しみながら。尾根を乗越してトラバースしながら左俣の源頭も覗いていく。
お昼ご飯は、・705北の鞍部、不思議な流れの始まりの地で。おおきなブナの木が佇み、傍らには土に埋もれた炭焼き窯跡。
なんて、妙なる風景なのだろう。山と山に生きたひとが描いたブナの森は、こころの琴線にじんわりと触れてくる。
ブナの森と谷の源頭が織りなすうつくしい風景は、この先も展開していった。
・677先からは登山道になるが、ここからも素晴らしい。
すっくと立ち並ぶブナの森を抜けた先の、口無谷右俣の風格のあるブナが並ぶ源頭の佇まいは、
足を踏み入れる度に胸が震えている。あぁ、素敵。今日も、道を外れ、ふらふらと彷徨っていた。
ブナの森が終わっても、よろこびは続いた。灌木の中の急坂の脇には濃いピンク色のイワカガミが咲いていた。
鮮やかな黄色のオオバキスミレも。今日、初めて出会う花々にこころときめく。
そして、インディアン平原。やっぱりここも、何度訪れても、わぁ、と感激してしまう。
集落の裏山に、こんなにもわくわくする場所があるなんて。
多くの人が腰かけ、わたしも何度か腰かけた岩に腰かけ、たおやかな山並みをぼんやりと眺める。
「いい景色だな」「いい景色だな」
誰かの声が、いつかのわたしの声が、どこかから吹いてきた風に乗ってきて、耳をくすぐる。
ほんとうにいい景色・・・。眺めているうちに、なんだか切なくなってきた。
あれこれ思いに耽る前に、よし、と立ち上がる。
岩籠山の山頂は、少し前に小河口から訪れた。今日は、ここまで。帰路に就こう。
下り道も飽きることが無かった。
標高550mあたりの痩せ尾根からは、深々と眺望に見入っていて、東に曲がった先のムラサキヤシオに飾られた岩場では、
わぁっ、とこころ躍らせていた。アカガシとマツの林にも、味があるなぁ、と思わず呟いていたり。
そして、歩きながら、この道を整備された篠原さんのご尽力、岩籠山への愛を、ひしひしと感じていた。
篠原さんは気さくな方だ。山の行き帰りのわたしにも気付くと、建物から出てきて何度か話しかけてきてくださった。
今日は、お会い出来るだろうか。
お会い出来たら、今日も素敵な風景に出会えましたと報告し、田んぼのことをお聞きしようと思った。
駐車地に着くと、建物には人の気配がなかった。
また、来よう。
ちいさな山のおおきくて深い世界。光と陰、よろこびとせつなさを感じながら、
わたしのちいさな里山旅はこれからも続いていく。
sato
【山 域】 野坂山地
【天 候】 晴れ
【コース】 岩籠山登山口駐車場~駄口~・380~・705北東尾根~・705~
△786.8中山~△739.7~・677~インディアン平原~P
アセビ、ツバキ、ユズリハ・・・常緑樹の深緑色の葉っぱを払いのけ進んでいくと、萌黄色にぽわんと光る広場が目に飛び込んだ。
わぁ、と、ちいさく声を上げる。そして、その数十秒後、泥濘にはまりそうになりながら、
まっすぐに降り注ぐ初夏の粒子を含んだ朝の光で、黒茶色に煌めく沼池の縁の、ふわりとした草地にわたしは立っていた。
昨年の冬の始まり、気になりつつもそのままになっていた、駄口集落裏山の尾根と谷が織りなす不思議な地形を覗くことが出来た。
・705の北から生まれた流れは、水を集め、谷幅を広げ、ゆるやかに流れ落ち、あともう少しで五位川というところで、
くるりと向きを変え駄口の集落の方へと向かっている。
五位川と駄口の裏山からの水が集まった谷に囲まれた・380は、まあるい島のよう。どんな流れなのだろう。
どんな風景が広がっているのだろう。地図を眺める度に物語を感じていた。
古来、畿内と越前を結ぶ幹道で、かつて七里半街道と呼ばれた海津と疋田間の街道の荷継場としてにぎわった、
今はしんと静まり返っている駄口の集落から谷に入ると、灌木の生い茂った広い岸辺には、田んぼの面影が見られた。
石積みや水路も、ところどころで残っていた。生きるために、何世代にも渡り築き上げていったのだろう。
見事な田んぼの跡が続いていった。田んぼに気を取られ、どこを歩いているのか分らなくなってしまったほどだった。
遡っていく流れに右から流れが合わさるのを確認し、西から南へと向かっているのが分かった。
そして、ふたつめの流れ、・705の北を源とする谷の音を聞いた先の平坦地で、夢のような光景に出会った。
今、わたしが立つ、沼が広がる湿原地だ。ここも大きな田んぼだったことがうかがわれた。
時代を経て、村びとが手放した田んぼは、お山へと還っていき、冬の太陽の光に照らされ穏やかに輝く別天地となっていた。
息を呑み、飴色に光る湿原を眺めながら、今度は、萌え出づる春の情景に出会いたいと思ったのだった。
緑色を表す言葉は、どのくらいあるのだろう。
濃淡あらゆる緑色で彩られたお山に囲まれた湿原地は、まさに緑の楽園。
うっとり夢見心地になる。と、同時に、しんみりとした気持ちに襲われた。
気が付けば、やわらかな光の中の煌めく陰に、目が吸い込まれていた。
溢れる緑には、田んぼが広がっていたころの調和のとれた風景が、
透き通った水面には、村人が流した汗、涙のひとしずくが、静かに穏やかに映っていた。
・380の山裾には炭焼き窯の跡が見られた。ここから木立の間を縫いながら山頂へと登っていく。
若草色に覆われた山頂には、ひょっとしたら祠があるかもと思ったが、清冽な空気が漂うばかりだった。
緑の海でカケスが遊んでいる。ぱぁっと飛び去った時、青い羽根が鮮烈な光を放った。
しあわせの青い鳥かぁ。しばらくの間、褐色のカケスのうつくしい青い羽根が、頭の中を渦巻き離れなかった。
湿原に戻ってからは、東へと谷を下り、・385の尾根を登ろうと思っていた。
標高500~550mの地形が気になっていたのだ。でも、植林地帯に入り、この細い尾根は放置植林とヤブかな、
イバラが多いかも、と、ぐずぐずした気持ちが湧き上がり、・705から延びる尾根に取りついていた。
80mほど登ると昨冬登った尾根と合わさった。
植林を抜けると、ユズリハが主体の灌木が行く手を遮り始めた。
駄口の集落では、大正から昭和10年ごろまで全戸が炭焼きに従事していたという。
この尾根も歩かれていたはずだが、杣道の痕跡はもはやない。えい、とかき分けても、跳ね返され越せない箇所も。
今回は、ひとりだからか。わたしが、春の勢いに負けているからか。春の木々はエネルギーに満ち溢れている。
昨冬も枝をかき分け進んでいったが、今日ほど鬱陶しいとは思わなかった。
払っても払っても次々とズボンに引っ付いてくるダニが、鬱陶しさに輪をかける。
ブナが出てきたと思ったら、幹には古いけれどたくさんのクマの爪痕が。あたりを見渡せないので落ち着かなさも加わる。
木立の向こうに、新緑のブナが立ち並ぶやわらかな谷の源頭が見えた時、ほっと胸をなでおろした。
・705から北上する前に、△786.8中山に向かう。
目的地は、山頂北西の地図には現れていないちいさな二重山稜地形。
昨秋、滝ヶ谷を遡った時の下りで出会った、おおきなブナの木々が佇む窪地だ。
記憶に刻まれている、枝をのびやかに広げたブナの木の下に立つ。
ひと息ついて、春のよろこびを映したちいさな池をめがけて、ぱたぱたと駆け下りていく。
今日もまた、お山の秘密の表情に出会えたよろこびに包まれる。
帰りは、思い出の滝ケ谷右俣の源頭の風景を楽しみながら。尾根を乗越してトラバースしながら左俣の源頭も覗いていく。
お昼ご飯は、・705北の鞍部、不思議な流れの始まりの地で。おおきなブナの木が佇み、傍らには土に埋もれた炭焼き窯跡。
なんて、妙なる風景なのだろう。山と山に生きたひとが描いたブナの森は、こころの琴線にじんわりと触れてくる。
ブナの森と谷の源頭が織りなすうつくしい風景は、この先も展開していった。
・677先からは登山道になるが、ここからも素晴らしい。
すっくと立ち並ぶブナの森を抜けた先の、口無谷右俣の風格のあるブナが並ぶ源頭の佇まいは、
足を踏み入れる度に胸が震えている。あぁ、素敵。今日も、道を外れ、ふらふらと彷徨っていた。
ブナの森が終わっても、よろこびは続いた。灌木の中の急坂の脇には濃いピンク色のイワカガミが咲いていた。
鮮やかな黄色のオオバキスミレも。今日、初めて出会う花々にこころときめく。
そして、インディアン平原。やっぱりここも、何度訪れても、わぁ、と感激してしまう。
集落の裏山に、こんなにもわくわくする場所があるなんて。
多くの人が腰かけ、わたしも何度か腰かけた岩に腰かけ、たおやかな山並みをぼんやりと眺める。
「いい景色だな」「いい景色だな」
誰かの声が、いつかのわたしの声が、どこかから吹いてきた風に乗ってきて、耳をくすぐる。
ほんとうにいい景色・・・。眺めているうちに、なんだか切なくなってきた。
あれこれ思いに耽る前に、よし、と立ち上がる。
岩籠山の山頂は、少し前に小河口から訪れた。今日は、ここまで。帰路に就こう。
下り道も飽きることが無かった。
標高550mあたりの痩せ尾根からは、深々と眺望に見入っていて、東に曲がった先のムラサキヤシオに飾られた岩場では、
わぁっ、とこころ躍らせていた。アカガシとマツの林にも、味があるなぁ、と思わず呟いていたり。
そして、歩きながら、この道を整備された篠原さんのご尽力、岩籠山への愛を、ひしひしと感じていた。
篠原さんは気さくな方だ。山の行き帰りのわたしにも気付くと、建物から出てきて何度か話しかけてきてくださった。
今日は、お会い出来るだろうか。
お会い出来たら、今日も素敵な風景に出会えましたと報告し、田んぼのことをお聞きしようと思った。
駐車地に着くと、建物には人の気配がなかった。
また、来よう。
ちいさな山のおおきくて深い世界。光と陰、よろこびとせつなさを感じながら、
わたしのちいさな里山旅はこれからも続いていく。
sato