【湖北】「いつか辿る日』は今日だった 江美国境稜線に立ち、輝く稜線を辿り横山岳へ
Posted: 2021年2月01日(月) 20:12
【日 付】 2021年1月25日(月)
【山 域】 湖北
【天 候】 晴れ
【コース】 八草トンネル滋賀県側入り口~土倉谷二俣~江美国境稜線1000mピークに延びる尾根
~1000ピーク~・950~・1006~横山岳東尾根~横山岳~東尾根~△865.1
~・722~金居原~八草トンネル入り口
こんもりと雪の積もった橋が見え、はぁーっ、とため息をつく。時計を見ると7時40分。
林道歩きに1時間10分かかった。
土日と降り続いた雨の後、うんと冷えて雪が締まってくれたらいいな、と思っていたが、
朝起きた時、寒さを感じなかったので、今日は重い雪だと覚悟は出来ていた。
スノーシューを履き、最初の一歩を踏み出すとズボリと潜り、やっぱりと苦笑した。
思った以上に時間がかかった。さて・・と考え始めるのを制止して、これから登る尾根の真下に立つ。
地図を見るときつそうな斜面。この尾根を見上げた時の情景がまぶたの裏に映し出される。
あの日、ここから猫ヶ洞を目指そうとしたものの、
不安定に見える雪に登る気が失せ、右俣に進み・622の尾根を登ったのだった。
今日は、すうっとラインを描ける。大丈夫だ。踏み込むと、調子よく登れる。雪は重いが林道歩きより楽。
時折、踏み抜きながらも、こつこつと歩みを重ねていく。
急斜面から見晴らしのいい尾根になり、さらに進んでいくと、傾斜が緩やかになり、
静謐さを湛えたうつくしいブナ林に迎えられた。たっぷりと雪の積もった緩やかな起伏の上に静かに佇むブナの木々。
頬が熱くなる。
これから出会う風景に胸が躍り、去りゆく風景に後ろ髪をひかれ、
右、左、後ろと何度も首を動かし、刹那の風景、一本いっぽんのブナの木をこころに焼き付けながら登っていく。
左に谷が迫ってきて、はっと息を呑む。尾根と谷が出会う地の絶妙な風景が、そこに展開していた。
わぁっと輝く谷の中に飛び込みたい衝動に駆られるが、江美国境稜線まで登るのだ、と言い聞かせ前を向く。
清々しいブナの木に囲まれた1000mピークに着きひと息つく。
三国岳、土蔵岳へとそれぞれ延びていくまっさらな雪の江美国境稜線と、辿ってきたわたしの足跡を順番に見つめる。
空を見上げた瞬間、横山岳に続く稜線の雪庇の煌めきがこころに突き刺さった。
10時ちょっと前。よし、と登ってきた斜面を駆け降り、輝く谷に飛び込む。
若い木々の中にでんとした木が見える。近づくとトチの巨木だった。
びわ湖に注ぐ姉川のひとしずくが生まれる地のひとつ、ちいさな谷の始まりの地に立つ一本のトチ。
このトチの足元から生まれたひとしずくは、わたしの体内に浸み込まれているのだ。
むくむくと力が湧き、ぎゅっとストックを握りしめる。
よいしょと尾根に登り返すと、今までよりは潜りが浅くなった。
土日の雨で雪面はつぶつぶだが、
足元から続く踏み跡のない稜線を見つめ、とうとうやってきたのだ、としみじみとした気持ちになる。
江美国境稜線と横山岳を結ぶちいさな稜線に惹きつけられたのはいつの頃からだろう。
何度地図の中で旅したことだろう。
等高線を辿りながら、そこに広がっているであろう風景を想像し、いつか訪れる日が来るのだと夢見ていた。
ひろびろとした稜線の西斜面はしばらく植林されているが、目の前に映るのは、
ブナなどの広葉樹が立ち並ぶ情景とつるりとした雪原で、こころが和む。
林道が延びているので雪原は伐採地なのだろう。
木立ちの向こうに、ちいさくまっしろな峰が光り輝く。左千方?左千方だ。
素晴らしいブナの稜線の先にきりりとそびえる左千方は、
奥川並川を挟んだ稜線から眺めると、こんなにも気品のあるお姿なのだとうっとりする。
気になっていた地点に着いた。まあるいピークとピークの間にちいさな谷がはいりこんだ地形。
まっ平らな雪面を確認してうれしくなる。池のありそうな地形を見つけると確かめたくなる。
地図から浮かんだ風景と目に映る風景を並べて歩くのは面白い。
こころ弾ませながら歩いていると、しんとした空気の中、
凛としたブナの木が佇む透き通ったピークに足を踏み入れ、どきんとする。
そして、こころに突き刺さった煌めく雪庇が目の前に。
このところの暖かさと雨で融けたのかちょっと不細工だが高揚感に包まれる。
遮るものが無い雪稜を登るしあわせ。振り返ると、江美国境稜線の裏から白いお山がひとつふたつと顔を出している。
あっ!?わくわくしながら足跡を刻んでいく。振り返る度に大きくなる白い峰みね。
高丸、烏帽子、三周、能郷白山・・・。ズボッと踏み抜き、また振り返ると、純白の絵の具を塗ったような白山。
何て素晴らしい風景なのだろう。何て素晴らしい稜線なのだろう。
今、今、今、この瞬間のよろこびをどう表現したらよいのだろう。頭がぼぉっとなる。
夢見心地になりながらも、うれしいうれしいと足は進んでいく。
勾配が緩やかになり、つるりとした台地を二つ越えると横山岳東峰が目の前まで近づいた。
最後はトラバースして東尾根に乗る。
11時50分、予想よりも早く着いた。お気に入りの場所でお昼にしようかと思ったが、
先ず山頂に行こうとそのまま歩みを進める。ラクダの背中のようなリッジを通り、ひと山越えると山頂だ。
えっ?と目を疑う。ほんとうに?こころを落ち着かせ近づいていく。
・・・・・。
ぽかんと口を開け、真っ青な空と煌めく霧氷を見つめていた。
「ここでご飯にしよう」空腹を覚え、淡い霧氷で飾られた山頂まわりのブナの木の間をうろうろして、
北尾根に入って一段下がったところで腰を下ろす。
コーヒーを飲み終え、光り輝く白き峰みねを眺めながら、しょうこちゃんと何度も交わした言葉をつぶやく。
「旅に出る時期というのは、その人の中で決まっているのかもしれない。それを感じるか感じないかは置いておいて」
20代の頃、ネパールをひとり旅していた時、わたしと同じ年の日本人の女の子に出会った。しょうこちゃんだった。
偶然出会ったのだけど、お互い何年もネパールへの旅を想い描き、
ある時、旅に出る時がやって来たと感じ、日本を飛び出したのだった。
出会った時の倍の年を重ねた今も、わたしたちは深く繋がっている。
想い描いていた江美国境稜線から横山岳への雪山旅。
今までも、辿る機会はあったのに、何故向わなかったのだろう。
ぱら、ぱら、ぱら、と煌めく破片がからだに降り注ぐ。
儚く、鋭く、いとおしい光の洪水に包まれる。そう、今日が辿る日だったからなのだ。
13時。出発しよう。山の神様にありがとうございます、と頭を下げ、輝く山頂を後にする。
横山岳の尾根はそれぞれ味わいがあるが、柔らかな起伏の地形、ひっそりと水を湛える池、清々しいブナ林、
眺望のきく細い尾根と表情豊かな東尾根に惹かれている。
雪の季節も二度歩いている。厄介な箇所はない。ゆったりと風景を味わいながら下ろう。
雪はべちゃべちゃになり、足は重いが、幸せな気持ちに包まれ、ふわふわと下っていく。
白き峰みねとお別れし、すっくと立ち並ぶブナの間を駆け降り、二重山稜、緩やかな起伏を楽しみ、
標高770mの雪に埋まったふたつめの池にごあいさつをして、・722の尾根に入る。
記憶は時に、今、にいじわるをする。
たったかと下った記憶が残っていた。今日もそのつもりになっていた。でも、甘かった。
陽当たりのよい急こう配の尾根の雪は腐っていて、これでもかというほど踏み抜く。
登山道を忠実に辿ったらましかな、と思うがどこが道なのか分からない。
最後の植林の斜面は、何度も尻餅をつき、スノーシューも外れる始末。
うつくしい着地を描いていたがとんでもなかった。
15時。国道に出て、大きく息を吐く。
八草トンネルまで、30分も歩けば着くだろう。30分か。
いつか、いつかと想い描いていた雪山旅。わたしは、あともう少しで確かなうつくしい円を描ききるのだ。
風景の中に、こころの中に。疲れているのに、あと30分で終わっちゃうのか、とちょっぴりさみしくなる。
sato
【山 域】 湖北
【天 候】 晴れ
【コース】 八草トンネル滋賀県側入り口~土倉谷二俣~江美国境稜線1000mピークに延びる尾根
~1000ピーク~・950~・1006~横山岳東尾根~横山岳~東尾根~△865.1
~・722~金居原~八草トンネル入り口
こんもりと雪の積もった橋が見え、はぁーっ、とため息をつく。時計を見ると7時40分。
林道歩きに1時間10分かかった。
土日と降り続いた雨の後、うんと冷えて雪が締まってくれたらいいな、と思っていたが、
朝起きた時、寒さを感じなかったので、今日は重い雪だと覚悟は出来ていた。
スノーシューを履き、最初の一歩を踏み出すとズボリと潜り、やっぱりと苦笑した。
思った以上に時間がかかった。さて・・と考え始めるのを制止して、これから登る尾根の真下に立つ。
地図を見るときつそうな斜面。この尾根を見上げた時の情景がまぶたの裏に映し出される。
あの日、ここから猫ヶ洞を目指そうとしたものの、
不安定に見える雪に登る気が失せ、右俣に進み・622の尾根を登ったのだった。
今日は、すうっとラインを描ける。大丈夫だ。踏み込むと、調子よく登れる。雪は重いが林道歩きより楽。
時折、踏み抜きながらも、こつこつと歩みを重ねていく。
急斜面から見晴らしのいい尾根になり、さらに進んでいくと、傾斜が緩やかになり、
静謐さを湛えたうつくしいブナ林に迎えられた。たっぷりと雪の積もった緩やかな起伏の上に静かに佇むブナの木々。
頬が熱くなる。
これから出会う風景に胸が躍り、去りゆく風景に後ろ髪をひかれ、
右、左、後ろと何度も首を動かし、刹那の風景、一本いっぽんのブナの木をこころに焼き付けながら登っていく。
左に谷が迫ってきて、はっと息を呑む。尾根と谷が出会う地の絶妙な風景が、そこに展開していた。
わぁっと輝く谷の中に飛び込みたい衝動に駆られるが、江美国境稜線まで登るのだ、と言い聞かせ前を向く。
清々しいブナの木に囲まれた1000mピークに着きひと息つく。
三国岳、土蔵岳へとそれぞれ延びていくまっさらな雪の江美国境稜線と、辿ってきたわたしの足跡を順番に見つめる。
空を見上げた瞬間、横山岳に続く稜線の雪庇の煌めきがこころに突き刺さった。
10時ちょっと前。よし、と登ってきた斜面を駆け降り、輝く谷に飛び込む。
若い木々の中にでんとした木が見える。近づくとトチの巨木だった。
びわ湖に注ぐ姉川のひとしずくが生まれる地のひとつ、ちいさな谷の始まりの地に立つ一本のトチ。
このトチの足元から生まれたひとしずくは、わたしの体内に浸み込まれているのだ。
むくむくと力が湧き、ぎゅっとストックを握りしめる。
よいしょと尾根に登り返すと、今までよりは潜りが浅くなった。
土日の雨で雪面はつぶつぶだが、
足元から続く踏み跡のない稜線を見つめ、とうとうやってきたのだ、としみじみとした気持ちになる。
江美国境稜線と横山岳を結ぶちいさな稜線に惹きつけられたのはいつの頃からだろう。
何度地図の中で旅したことだろう。
等高線を辿りながら、そこに広がっているであろう風景を想像し、いつか訪れる日が来るのだと夢見ていた。
ひろびろとした稜線の西斜面はしばらく植林されているが、目の前に映るのは、
ブナなどの広葉樹が立ち並ぶ情景とつるりとした雪原で、こころが和む。
林道が延びているので雪原は伐採地なのだろう。
木立ちの向こうに、ちいさくまっしろな峰が光り輝く。左千方?左千方だ。
素晴らしいブナの稜線の先にきりりとそびえる左千方は、
奥川並川を挟んだ稜線から眺めると、こんなにも気品のあるお姿なのだとうっとりする。
気になっていた地点に着いた。まあるいピークとピークの間にちいさな谷がはいりこんだ地形。
まっ平らな雪面を確認してうれしくなる。池のありそうな地形を見つけると確かめたくなる。
地図から浮かんだ風景と目に映る風景を並べて歩くのは面白い。
こころ弾ませながら歩いていると、しんとした空気の中、
凛としたブナの木が佇む透き通ったピークに足を踏み入れ、どきんとする。
そして、こころに突き刺さった煌めく雪庇が目の前に。
このところの暖かさと雨で融けたのかちょっと不細工だが高揚感に包まれる。
遮るものが無い雪稜を登るしあわせ。振り返ると、江美国境稜線の裏から白いお山がひとつふたつと顔を出している。
あっ!?わくわくしながら足跡を刻んでいく。振り返る度に大きくなる白い峰みね。
高丸、烏帽子、三周、能郷白山・・・。ズボッと踏み抜き、また振り返ると、純白の絵の具を塗ったような白山。
何て素晴らしい風景なのだろう。何て素晴らしい稜線なのだろう。
今、今、今、この瞬間のよろこびをどう表現したらよいのだろう。頭がぼぉっとなる。
夢見心地になりながらも、うれしいうれしいと足は進んでいく。
勾配が緩やかになり、つるりとした台地を二つ越えると横山岳東峰が目の前まで近づいた。
最後はトラバースして東尾根に乗る。
11時50分、予想よりも早く着いた。お気に入りの場所でお昼にしようかと思ったが、
先ず山頂に行こうとそのまま歩みを進める。ラクダの背中のようなリッジを通り、ひと山越えると山頂だ。
えっ?と目を疑う。ほんとうに?こころを落ち着かせ近づいていく。
・・・・・。
ぽかんと口を開け、真っ青な空と煌めく霧氷を見つめていた。
「ここでご飯にしよう」空腹を覚え、淡い霧氷で飾られた山頂まわりのブナの木の間をうろうろして、
北尾根に入って一段下がったところで腰を下ろす。
コーヒーを飲み終え、光り輝く白き峰みねを眺めながら、しょうこちゃんと何度も交わした言葉をつぶやく。
「旅に出る時期というのは、その人の中で決まっているのかもしれない。それを感じるか感じないかは置いておいて」
20代の頃、ネパールをひとり旅していた時、わたしと同じ年の日本人の女の子に出会った。しょうこちゃんだった。
偶然出会ったのだけど、お互い何年もネパールへの旅を想い描き、
ある時、旅に出る時がやって来たと感じ、日本を飛び出したのだった。
出会った時の倍の年を重ねた今も、わたしたちは深く繋がっている。
想い描いていた江美国境稜線から横山岳への雪山旅。
今までも、辿る機会はあったのに、何故向わなかったのだろう。
ぱら、ぱら、ぱら、と煌めく破片がからだに降り注ぐ。
儚く、鋭く、いとおしい光の洪水に包まれる。そう、今日が辿る日だったからなのだ。
13時。出発しよう。山の神様にありがとうございます、と頭を下げ、輝く山頂を後にする。
横山岳の尾根はそれぞれ味わいがあるが、柔らかな起伏の地形、ひっそりと水を湛える池、清々しいブナ林、
眺望のきく細い尾根と表情豊かな東尾根に惹かれている。
雪の季節も二度歩いている。厄介な箇所はない。ゆったりと風景を味わいながら下ろう。
雪はべちゃべちゃになり、足は重いが、幸せな気持ちに包まれ、ふわふわと下っていく。
白き峰みねとお別れし、すっくと立ち並ぶブナの間を駆け降り、二重山稜、緩やかな起伏を楽しみ、
標高770mの雪に埋まったふたつめの池にごあいさつをして、・722の尾根に入る。
記憶は時に、今、にいじわるをする。
たったかと下った記憶が残っていた。今日もそのつもりになっていた。でも、甘かった。
陽当たりのよい急こう配の尾根の雪は腐っていて、これでもかというほど踏み抜く。
登山道を忠実に辿ったらましかな、と思うがどこが道なのか分からない。
最後の植林の斜面は、何度も尻餅をつき、スノーシューも外れる始末。
うつくしい着地を描いていたがとんでもなかった。
15時。国道に出て、大きく息を吐く。
八草トンネルまで、30分も歩けば着くだろう。30分か。
いつか、いつかと想い描いていた雪山旅。わたしは、あともう少しで確かなうつくしい円を描ききるのだ。
風景の中に、こころの中に。疲れているのに、あと30分で終わっちゃうのか、とちょっぴりさみしくなる。
sato