【伊吹】伊吹山の播隆上人修行地を訪ねて

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むらまさ
記事: 70
登録日時: 2023年4月25日(火) 16:32
お住まい: 三重県津市

 【伊吹】伊吹山の播隆上人修行地を訪ねて

投稿記事 by むらまさ »

【 日 付 】    2026年4月11日(土)
【 山 域 】    伊吹山地
【メンバー】   単独
【 天 候 】    快晴
【 ルート 】    8:10 明神神社駐車場~8:15 明神山~8:25 関ケ原林道入口~9:20 藤川村(西滝ヶ洞)?~10:20 川戸山~
        10:30 播隆上人修行屋敷跡~11:00 伊吹山ドライブウェイ祠跡探索お昼11:45~12:20 播隆上人修行屋敷跡~
        12:30 川戸山~13:15 藤川村(西滝ヶ洞)?~14:15 舗装道路~14:30 明神神社駐車場

 槍ヶ岳を開山した播隆上人の足跡をたどってい行くと、槍ヶ岳の前の笠ヶ岳、
 笠ヶ岳の前に、伊吹山で修行をしたと記述が有ります。

 笠ヶ岳は又の機会にとして、伊吹山なら行けるかもということで、行って来ました。
 一般登山道は2023年に6合目が大規模崩壊してから通行止めになっています。
 行く日はドライブウェイを少し歩きたいので、開通前の日に決めました。

 まず下調べは、草川啓三氏著書2009年発行の伊吹山案内です。
 播隆上人の事も多く触れられています。
 峠道探るの案内で焼いた炭を笹又から玉へ運んだルート!
 藤川谷から南東尾根・上平寺越ルート!
 又YAMAPで、大垣山岳会の方が明神の森から歩かれていたのを参考にさせて頂きました。
 このルートなら初めてでも行けると!

 関ケ原明神の森の明神神社駐車場に止めて、明神山を経由し関ケ原林道を終点まで歩いてから
 藤川村の三角点786.1に取付いてから南東尾根で川戸山905.3を目指します。
 
明神神社駐車場から
明神神社駐車場から

 南東尾根の所々でカタクリの花が咲いていました。
 
所々にカタクリの花
所々にカタクリの花

 川戸山を通過してしばらく行くと播隆上人の修行屋敷跡があり、今は立派は石碑が建っています。
 
播隆上人修行屋敷跡の石碑
播隆上人修行屋敷跡の石碑

 石碑の高さは2m程の大きさで表には  山岳佛教 播隆上人修行屋敷跡 池谷ヶ峰
 裏には 平成二年九月建之  揖斐川町三輪 一心寺住 職 安田成隆
                         福住職 安田真成
                         世話人 一 同  と刻まれています。
 一心寺の開祖は播隆上人で、現在も城台山播隆院一心寺が存続しています。
 
播隆上人屋敷跡周辺の平地
播隆上人屋敷跡周辺の平地

 播隆屋敷は3間✕8間の草庵が有ったということです。

 その後南東尾根を伊吹山ドライブウェイを目指します。
 途中から尾根から外れ藤川林道で、ドライブウェイに出ました。
 
歩いて来た藤川林道
歩いて来た藤川林道

 ここが上平寺越(江州峠)のようで、ちょうど滋賀県と岐阜県の県境でドライブウェイが西斜面から東斜面に切り替わる所です。
 
上平寺越(江州峠)付近
上平寺越(江州峠)付近

 しばらくドライブウェイを歩き、祠跡を目指します。
 ドライブウェイが出来る前はどう峠道がついていたのか?笹又から上がって来た道はどれなのかは?です。
 ヘアピンカーブの所の大きな広場Pが有り下を覗きましたが、石積みは確認出来ず。
 
ヘヤピン手前の広場P
ヘヤピン手前の広場P

 このカーブの先にドライブウェイの休憩所が有り、上平寺越駐車場の看板が有ると知りました。
 今回は草川さんがみた、上平寺越の祠跡も訪ねたかったんですが、判りませんでした。

 草川さんの伊吹山案内の中で笹又のお地蔵様と播隆というページで詳しく書かれています。
 現在笹又にある阿弥陀如来像は元は播隆屋敷に有ったが、播隆が去った後に上平寺越の江州峠に移して安置し、
 また300m下方のはげに移され、後に笹又に移されたとなっています。
 銘に文政八年八月願主播隆上人講中と刻まれているそうです。

 帰りは、藤川林道はやめて、フィックスロープに取付き尾根を登ると重機で作ったような広い道がしばらく林道まで続いていました。
 なんの為に作った道なのかは謎でした。
 
尾根上の広い謎の道
尾根上の広い謎の道

 次回(来年)は、笹又のさざれ石公園から播隆や村人が歩いたと思われる道を巡り、上平寺越の祠跡を訪ねたいです。
 又、播隆さんが修行をした目醒の滝や風穴(弥三郎の岩屋)の位置もだいたい判ったので訪ねてみたいです。

 他参考資料 米原市教育委員会資料 2013年10月 伊吹山と播隆(播隆の基盤となった伊吹山)
                  https://www.city.maibara.lg.jp/material ... /47/07.pdf

           〃      2014年 3月 伊吹山(荒ぶる神の坐す山の歴史)
                  https://www.city.maibara.lg.jp/material ... /47/09.pdf
むらまさ
歴史や物語の有る山が好きです!
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わりばし
記事: 1935
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市

Re:  【伊吹】伊吹山の播隆上人修行地を訪ねて

投稿記事 by わりばし »

おはようございます、むらまささん。

 槍ヶ岳を開山した播隆上人の足跡をたどってい行くと、槍ヶ岳の前の笠ヶ岳、
 笠ヶ岳の前に、伊吹山で修行をしたと記述が有ります。

伊吹周辺は修験道のメッカで多くの寺院がありました。
私は円空を追ったことがあります。
南伊勢よりも早くに寺院は廃れて残った仏像を地域の人たちが守ってきた所でもあります。


 まず下調べは、草川啓三氏著書2009年発行の伊吹山案内です。
 播隆上人の事も多く触れられています。

私もこの本読んで行こうと思いつつ、行けずじまいです。

 峠道探るの案内で焼いた炭を笹又から玉へ運んだルート!
 藤川谷から南東尾根・上平寺越ルート!

寺院を結んだ道が寺院が廃れた後に生活の道として残りましたね。

  草川さんの伊吹山案内の中で笹又のお地蔵様と播隆というページで詳しく書かれています。
 現在笹又にある阿弥陀如来像は元は播隆屋敷に有ったが、播隆が去った後に上平寺越の江州峠に移して安置し、
 また300m下方のはげに移され、後に笹又に移されたとなっています。
 銘に文政八年八月願主播隆上人講中と刻まれているそうです。

笹又に記念館のようなものがあったような記憶が・・・ :mrgreen:

 次回(来年)は、笹又のさざれ石公園から播隆や村人が歩いたと思われる道を巡り、上平寺越の祠跡を訪ねたいです。
 又、播隆さんが修行をした目醒の滝や風穴(弥三郎の岩屋)の位置もだいたい判ったので訪ねてみたいです。

お疲れさまでした。
次回は来年ですか?
忙しく飛び回っているのかな。

                             わりばし
biwaco
記事: 1538
登録日時: 2011年2月22日(火) 16:56
お住まい: 滋賀県近江八幡市

Re:  【伊吹】伊吹山の播隆上人修行地を訪ねて

投稿記事 by biwaco »

むらまささん、こんにちは~
レスは初めまして…かな? 今やレス専となっているびわ爺です。
県内の名峰、伊吹山の名前に魅かれて覗いてみました。

播隆上人、南東尾根、藤川村…など記憶に残るwordが気になり、何年か前の記録を見て思い出しました。笹又のさざれ石公園から上平寺越え近くに出て南東尾根~伊吹山山頂~静馬が原~笹又と周回しました。
しかしムラマサさんのルートは初見で興味津々で位置確認しながら読ませていただきました。
 槍ヶ岳を開山した播隆上人の足跡をたどってい行くと、槍ヶ岳の前の笠ヶ岳、笠ヶ岳の前に、伊吹山で修行をしたと記述が有ります。
「播隆上人」のことは名前を知っているだけで全く不明の門外漢でして勉強になります。笠ヶ岳の前の修行場が伊吹山だったとは。当時の伊吹山はけっこう修行者の聖地だったんですね(^_-)
 関ケ原明神の森の明神神社駐車場に止めて、明神山を経由し関ケ原林道を終点まで歩いてから
 藤川村の三角点786.1に取付いてから南東尾根で川戸山905.3を目指します。
△658.6が明神山、⛩マークが明神神社ですね。岩手峠から入るのかな?この車道が関ヶ原林道なんですね。藤川村は△781,6かな?
 川戸山を通過してしばらく行くと播隆上人の修行屋敷跡があり、今は立派は石碑が建っています。
県境稜線と2本の破線路が記載されていますが、歩かれたのは途中から東側に移る道でしょうか?
播隆上人の碑はどのあたりかな?
 ここが上平寺越(江州峠)のようで、ちょうど滋賀県と岐阜県の県境でドライブウェイが西斜面から東斜面に切り替わる所です。
この辺りに芭蕉の句碑があったような?
 ドライブウェイが出来る前はどう峠道がついていたのか?笹又から上がって来た道はどれなのかは?です。
 ヘアピンカーブの所の大きな広場Pが有り下を覗きましたが、石積みは確認出来ず。
笹又からはこのS字カーブのところへ登ってきました。谷筋を・602の大トチのあたりから左の尾根に出ました。
 次回(来年)は、笹又のさざれ石公園から播隆や村人が歩いたと思われる道を巡り、上平寺越の祠跡を訪ねたいです。
多分私らが歩いたルートと同じだと思います。むらまささんのように史跡を訪ねながらの山歩きができるのは羨ましいです。
もう体力がついていかないでしょうが、また行ってみたくなりました。

            ~びわ爺
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