【日 付】 2022年10月8日 土曜日
【山 域】 鈴鹿
【天 候】 曇り
【メンバー】まゆみさん sato
【コース】 朝明P~根の平峠~神崎川~クラシ谷左岸尾根~クラシ~大峠~銚子ケ口~北尾根~杠葉尾P
雨上がりの夕闇迫る中、わたしの車に向かい白い車がまっすぐに走ってきて、ぴたりと右横に止まった。
営業時間が終了しガラガラとなった奥永源寺渓流の里道の駅の広い駐車場。
「あっ!」運転席を見ると、まゆみさんだった。息を吐きこころを落ち着かせ外に出る。
小走りで運転席に回ると、もぬけの殻。
「えっ?」車から出て、まゆみさんは前、わたしは後ろに回っていたのだった。ふっと気が抜ける。
「こんにちは」前回の法恩寺山経ヶ岳周回の山旅から4か月後のまゆみさんとの再会は、照れ笑いで始まった。
秋の日は釣瓶落とし。あっという間に辺りは裏色に包まれた。先ずはご飯。
ほんとうは別の場所で味わう予定だったお夕飯を、道の駅の建物の軒下で、四方山話に花を咲かせながらいただく。
まゆみさんのお話が、ここちよく、またしんみりと、胸に響く。食べ終えた後も話は切れ目なく続いていったが、
明日に備えてそろそろ寝ましょうかと適当なところで切り上げ、お互いの車に戻った。
横になって薄ぼんやりと浮かぶ灰色の天井を見ながら「これでよかったのだな?」と思う。
ぱっと思い立った明日のコースをもう一度確認しようと、カバンの中から地図を取り出そうとしたが、
昨晩の寝不足のせいか、まゆみさんの笑顔に癒されたのか、そのまま、すぅっと眠りについてしまった。
夜中に目が開いた時、また雨が降っていたが、朝起きた時には止んでいた。白み始めた空は、すっきりとしない。
その空を見て安堵する。いつもは澄み渡った空の方がうれしいのに。
2台一緒に道の駅を出て、わたしの車を杠葉尾の銚子ケ口登山道駐車場に置き、まゆみさんの車で朝明の駐車場へと向かった。
駐車場に着き、係員に代金をお渡しすると「釈迦が岳ですか」と聞かれた。「銚子ケ口です」とお返事をすると、
「遠いですねぇ」と呟き、ちょこっと間をおいて「お気をつけて」とメモをとり、次の車へと去っていかれた。
「そうかぁ。遠いのかぁ。でも、歩けますよね。安全第一で気を付けて出かけます。よろしくお願いします」
お山の神様にご挨拶をして、地下足袋を履いたまゆみさんと並び、一歩を踏み出した。
二週間ちょっと前から「山に向かう気持ち」をメールでお伝えし合って、
前日に急遽浮かび上がった今回の鈴鹿の山旅。お山はまゆみさん、コースはわたしが決めた。
神崎川に降り立つまでは、千種街道根の平峠道のうつくしい造形と、やわらかな谷の佇まいを味わいながらの
登山道歩きのはずだったが、おしゃべりに夢中になり、方向は見ていたものの、幾度か道を外してしまう。
出発時間の遅れと合わせ、神埼川には予定より30分遅い到着となった。
対岸へはどこから渡ろうか。
少し上流に行き、靴を脱いで小石の敷き詰められた水の中を渡り始めたが、足裏が痛くてなかなか進めない。
まゆみさんは涼しいお顔をして渡っている。健脚とはまゆみさんのような足をいうのだなぁ。
水の中を歩くのが大好きといいながら、沢靴を履いてしか歩けない軟弱な自分の足裏に苦笑いする。
岸辺に上がり穏やかな二次林の台地をクラシ谷出合へと向かう。
見上げた木々の葉は、まだ緑の装いだが、折り重なった落ち葉の上には茶色いクリのイガが散りばめられていた。
赤いホオの実も落ちている。ふたりで、足元から、すぅっと逃げていく秋の音に耳を傾ける。
左の斜面を見上げながら、この辺から取りついてイブネに行けるな、と思ったが、
標高1000mから1050mの急傾斜が気になり左岸尾根に決めたのではないかと頭を振る。
クラシ谷の左岸尾根は、まっすぐに上へ上へと向かっていく気持ちのいい尾根だった。
・900はブナの木が穏やかに佇むこころ和むピーク。標高1000m辺りからは見事なシャクナゲ林が続いていった。
木立の向こうに山頂が雲で覆われた御池岳が見えた。
「やっぱり、北の方は天気が悪いですね」と頷き合う。
急登が終わると、若いブナの木が立ち並ぶやわらかな風景に出迎えられた。
「わぁ、いいなぁ」にっこり笑いながら歩いているうちにクラシ山頂に着いた。
11時20分。神埼川からは想定したコースタイムよりちょっと短くて、ほっとする。
楽しみにしていた緑の苔で覆われた山上台地のど真ん中でのお昼ご飯は、冷っとした風で断念。
アセビの下に腰かけ、お湯を沸かし、ふたり並んでカップ麺をすする。
「どうぞ」まゆみさんが地元南紀名産のサンマの押し寿司を勧めてくれた。
ひと切れいただくと、口の中に爽やかな風味が広がり思い出を運んできた。
3年前の同じ頃、一緒に霊仙山に登りましょう、とお会いした時もいただいたなぁ、と懐かしさに包まれる。
食べ終えると、ぶるっと寒さが襲ってきた。
12時。道のりはまだ長い。銚子ケ口には15時ごろまでには着きたい。
そして、これから向かう、イブネ、クラシ、銚子ケ口を結ぶ稜線は、
銚子ケ口というお山があがった時、まっ先に浮かんだ道。
鈴鹿の山の光と陰翳が描く情趣に満ちた風景を、ふたりでしみじみと味わいながら歩きたい。
コーヒータイムは後ほど、と腰を上げる。
佐目子谷川源頭の、たおやかにうねる地形の妙に、「あぁ、素敵」と呟き合いながら歩いていると、
すぅっと導かれるように広場に立っていた。・1123銚子だった。
「銚子ケ口は、銚子の入り口の山なのね」とまゆみさん。
山上の大きな銚子。いのちの源の水を湛えたお山。山名の由来を想像するのは面白い。
稜線は少し戻って北の方向だ。ここからはうっとり牧歌的な風景から一転し、
急こう配の瘦せ尾根やザレ場などわくわくする箇所がしばらく続いていく。
「ここで引き返したのよね」まゆみさんが感慨深げに呟いた。
20年の3月、わたしと上平寺から伊吹山に登った翌日に、ご友人と甲津畑からカクレグラに登り、
タイジョウ、イブネ、銚子ケ口と佐目子谷川上流の山やまを歩き杠葉尾に下る山旅に出かけたが、
ここで雪のついた痩せ尾根を進むのは危険と引き返し、千種街道を下ったのだ、と教えてくれる。
伊吹山に登った次の日に、こんなに長いコースをと驚き、
まゆみさんにとって銚子ケ口は思い入れのあるお山だったのだ、
今、そのお山に向かっているのだ、とうれしくなる。
佐目の人びとがお金明神参拝の際に越えた大峠を過ぎると道は穏やかに。
かさかさと落ち葉を踏みしめる音と、わたしたちの話し声が山中に響き渡る。
ふっと気が付くと進むべく道を外れていた。誰かの足跡を辿ってしまったようだ。
折り重なる落ち葉の下には、網の目のように、杣人が、炭焼き人が、鉱山従事者が通った道が張り巡らされている。
黒尾山とのジャンクションピークに着いた。木立の向こうからおおきな銚子ケ口が静かにわたしたちを見つめている。
山頂まであと一息。上谷尻谷枝谷の源流が描く迷子になりそうな地形の中にそろりと下っていく。
14時半、アセビとスギに囲まれた銚子ケ口山頂にポンと出た。
リュックを降ろし、その上にカメラを置いて恒例の記念撮影。今日は、なんとお揃いのカッパ姿。
うれしくせつない記念撮影となった。17時までの下山時刻には余裕がある。
「お茶にしましょうか」三角点の横に座り、曇天の下、ふたりで銚子ケ口とやわらかな時間を楽しむ。
「この秋も白山にはご縁がなかったけれど、北縦走路より面白い山歩きになったかな」
抹茶オーレを飲みながら、にっこり微笑むまゆみさん。
何年か前から何度か計画し、毎回天候不順や道路閉鎖で中止になっていた白山北縦走路秋の山旅。
今年こそは、と強く願い、出発日のお昼まで天気予報を見ながら迷っていたけれど、諦めてよかったのだ。
「そうですね」まゆみさんの言葉と抹茶オーレの甘さが、からだの中に沁みわたる。
「山から下りたら、湯の山温泉に浸かって、どこかのお店でお疲れさま会をしましょう。今晩は、菰野の道の駅で寝たらいいし」
温泉、ビール、ご飯の魅惑的な言葉が、しみじみとした空気を吹き飛ばした。
そうと決まったら早い。「15時。さぁ出発しましょう」
小気味よく下っていくまゆみさんが「あっ」と足を止めた。すぐ横で白いお花が咲いていた。
夜明けの空を連想させる透明な輝きを放つお花、アケボノソウだった。
ひととひととの出会いって何なのだろう。人生の中で繰り返される出会いと別れ。
行先を変更して出かけた北アルプス朝日岳で偶然出会ったわたしたち。
それから今日に至るまでの6年間、お互い怪我や病気で、数か月、山に行けない時期もあった。
大きな悲しみにも襲われた。悩みは日々尽きない。いろんな出来事が起こり、いろんなことを抱えてきた。
そんな中、年に1,2回お山をご一緒してきた。
まゆみさんとはほんとうにご縁を感じる。山を想う気持ちに通じ合うものを感じる。
淡く黄味がかった白い花びらに、ささやかな希望の光が散りばめられたうつくしい夜明けの情景が描かれているちいさな花ばなが、
わたしたちを見つめて微かに揺れている。ひとつひとつのお花に、これからも続いていくまゆみさんとわたしの、
山という人生、人生という山を見て、ぽっと胸が熱くなる。
sato