【日 付】 2022年10月4日火曜日
【山 域】 若狭
【天 候】 晴れ
【コース】 小浜市小屋~林道~・365東側の鞍部~・365西360mピーク往復~△376.2~新坂~△584.5飯盛山~
・442~・350~見谷~小屋P
口小屋、中小屋・・。どこに車を停めようかと思いながら田村川に沿った道を運転していると、奥小屋の集落に着いてしまった。
今日も暑くなりそう。最後の車道歩きを少なくしようと考えていたが、集落手前にちょうどいい駐車地があったので、
ここに車を置き、歩き始めることにした。林道に入り、目星をつけた谷へと足を進めていく。
「あった!」
植林の谷の右岸にしっかりと掘られた道を確認し、ちいさく声をあげる。続いて「でも」と、気持ちを落ち着かせる。
これは植林の道かもしれない。古い道は麓に近づくにつれ不明瞭になることが多い。
ひと息ついて、枯れたスギの葉が敷き詰められた道を登り始める。
道はすぐに左に折れ、斜面を緩やかに横切りながら尾根へと向かっていた。
尾根に出ると若い常緑樹が主体の林となり、その中を丁寧に掘られた道が続いていた。
「やっぱり峠道だ」
三年前に出会った風景が木立の向こうに浮かび上がる。
峠まで道は残っているかな。はやる気持ちを抑えきれず、絶妙な勾配で尾根を縫う道をせかせかと登っていく。
標高300mあたりから道は西へと尾根を外れ山腹道となった。
わぁ、とやわらかな地形をやさしくなぞるようなうつくしい道のつくりに感激していると、記憶と重なる風景の中に立っていた。
・365東の鞍部。小屋と野尻を結ぶ峠。
辺りは、野尻を流れる川の右俣の谷が緩やかな弧を描き、尾根と高さが同じになる面白い地形が広がっている。
三年前の春まだ浅き頃、おおい町と小浜市の境の尾根の、野尻から父子を巡るKさんの峠道探索の山旅にご一緒させていただいた。
新坂、佐分利坂(Kさんがつけられた仮称)で峠道と石仏に出会い、次はどうかな、
とわくわくしながら辿り着いたこの峠で、小屋側のうつくしい道と出会ったのだった。
はっきりとした峠道の存在を知ることが出来たよろこびに包まれる。
地図を見て、目を引かれた野尻側の谷には、植林に作業道が通り、峠道は想像するばかりとなっていた。
今日は、まだらになった記憶の風景を巡り、いつか訪れようと思っていた飯盛山へと向かう山旅。
次は父子坂(Kさんがつけられた仮称)だ。・365先の360mピーク手前の鞍部、小屋と父子を結ぶ峠へと向かっていく。
・365手前で、記憶には残っていない林道が横切っていたが、難なく越えられた。でも、山頂で進路を間違えた。
コンパスで南西の方角を確認して進んだつもりだったが、ヤブニッケイのヤブの間をすり抜けた時、
踏み跡に導かれるように北の尾根に入ってしまっていた。
あっ?と気づいたが、踏み跡が気になりそのまま下っていく。標高320mの尾根の分岐の西側には、掘られた道が続いていた。
山越えの道か?山仕事の道か?迷い込んだ尾根で出会った父子からの道を前に、次の山旅への想像が掻き立てられる。
・365に戻り、ヤブニッケイが目立つ林を進んでいくと、岩が現れた。石灰岩の大きな岩。この岩の下が父子坂だ。
峠に立つと、ふわりと広がりを見せる峠の光と影が描く、明るさとさみしさがからだを包み込んだ。
傍らに立つ大きな木が、風に吹かれざわざわと色あせ始めた葉を揺らしながら、
ぽかんと口を開け、折り重なった落ち葉をぼんやりと眺めるわたしを、じっと見つめていた。
三年前はここから道を辿り(途中で消えてしまったが)父子へと下った。
小屋側は、すぐ下に林道が出来ていて峠道は消滅していた。
・365東の峠に戻り、飯盛山の方へと歩みを進めていく。
△376.2への登りでも石灰岩の岩が見られた。山頂は植林で囲まれていた。
たったか下っていき、ひとつふたつとコブを越えた時、野尻側に、うっすらと描かれた道が見え、
「あっ!」と歩みを止める。息を整え、一本のスギの木に近寄りしゃがみ込む。
そこには、三年前、杉林の稜線上の、すっと通り過ぎてしまいそうなこのちいさな峠で、
転がっているのを見つけ、起こしてもたせかけた、前面が削り取られたちいさなほとけさまが、
そのままのお姿で佇んでいらっしゃった。
手を合わせ、ほとけさまが見てきた風景、見てきた時代を想い、ふたたび深い感慨に包まれる。
・371を越えると、アカガシが目立つ穏やかな雑木林に。・425には株立ちした大きなアカガシが並んでいた。
11時前、新坂に降り立った。飯盛山の山頂でお昼にしようと思っていたが、お地蔵さまのお隣で、ご飯を食べたくなった。
木々の間を通り抜ける風の音を聞きながら、おにぎりをほおばる。
すぐ後ろに建つ「新道供養石碑」が、明治の時代に、佐分利川河口の本郷と田村川沿いの上田から道がつくられ、
計り知れない苦労の末、7年後、わたしがくつろいでいるこの場所で繋がったのだよ、と教えてくれる。
道とは・・暮らしとは・・あれこれ考え始めた時、ごうと音を立てながら、どこかから吹いてきた風が、
頭の中に浮かびかけたものを運び去った。
「こころここにあらずは事故の元。考え事は家に帰ってから」横を見ると、お地蔵さまが目を細めて微笑んでいた。
食後の少し重くなったからだを、ふぅと持ち上げ山頂へと向かう。
爽やかなシデの並木や石灰岩のゴロゴロとした岩が現れ「わぁ、いい感じ」とうれしくなる。
山頂は干からび始めたイワヒメワラビに覆われていた。眺めは木々の葉に遮られ今ひとつ。
南尾根へと足を踏み入れると、穏やかな輝きに満ちた谷の源頭の風景が出迎えてくれた。
「わぁ・・・」
透明な鈴の音のような響きがからだの中をこだまする。このまま下ってしまうなんて。
リュックからマットを取り出し、ちいさなお山の煌めく小石のような風景の片隅に、
ちょこんと膝を抱えて座り込み、暫しの間、お山の物語に耳を傾ける。
南尾根は、明るい雑木林が続いていった。はっきりとした道はなく、ところどころアセビが被るが歩きやすい。
気持ちよく進んでいくと、またごろごろと石灰岩の岩が現れた。
360mピークからは、西の破線のついた尾根を下ると植林の谷道になりそうなので直進し、・350から西の尾根を下る。
最後は獣柵が張り巡らされているかもしれないが、どこかに扉があるはず、と植林の急こう配の坂を下っていく。
ネットが倒れている箇所があり、すんなりと見谷の集落に降り立つことが出来た。
夏のような日差しに照り付けられて熱を含んだ車道を、汗をかきかき集落の家々を眺めながら戻っていく。
庭先に植えられた金木犀の、たわわに咲いた橙黄色のちいさなお星さまのような花が放つ甘い香りが鼻をくすぐる。
こんなに暑いけれど、今は秋。おとなりの柿の実もあともう少しで食べごろだ。
金木犀はいつの時代からこの地域にあったのだろう。柿の木は古くから植えられていたのだろう。
越屋根の付いた家々を見上げながら、車が通る前の時代の集落の風景を思い描く。
カタ、カタ。今日も胸に感じていた確かな音が速まっていく。暑くてよれっとしかけたからだが起き上がる。
見てきた風景からいろいろな想像が膨らんでいき、知りたいことが次々と湧き上がる。
汗ばんだ手のひらは次へと続く山旅を握りしめている。
高鳴りに合わせて駆け出したい気分になった。でも、足はついて行かない。
木陰で立ち止まり、リュックから水を取り出し、ごくりと飲む。
急ぐことはない。うつくしい秋の風景をゆっくり満喫しながらお家に帰ろう。
sato