【行者還岳と高塚】
【 日 付 】5月22日(月)
【 山 域 】大峰山脈
【メンバー】tsubo
【 天 候 】曇り
【 ルート 】行者還岳登山口(90番)4:30ー5:25奥駈道ー6:45行者還岳7:10ー9:14奥駈出合9:28ー9:50一の垰ー11:00高塚11:15ー12:50一の垰ー14:20行者還岳登山口
今年はシロヤシオが素晴らしい当たり年。
それならやっぱり見たいのは大峰の行者還岳周辺のシロヤシオ。
例年なら田植えが終わった後の5月末か6月初めに行く。だが、今年の開花は早いらしい。それでは遅いかな。
なんとか野良仕事のやりくりをして、5月22日に行くことにする。
前夜は上北山村の道の駅で車中泊。
早朝、酷道309号線の行者還岳登山口、いわゆる90番から登りだす。昭文社の地図で行者還岳登山口と出ているところだ。
だが、登山口には何も書いていない。鉄の階段が登山口だ。
この道のシンボルツリーの大きな檜のあたりで木の間から日の出が見えた。山に登るときに日の出が見られるといい日になりそうでうれしい。
やがて昔の林道跡に出る。そこには置き去りにされた青いトラックがいる。タイタンという愛称で親しまれている。
私が初めてこの道を登った10年前はまだタイタンは元気だった。だが、その後倒木が直撃した。タイタンは年々哀れな姿になっていった。
しばらくすると1458mの奥駈道に出る。
大きなシロヤシオの木が出迎えてくれた。満開だ。
何本かの木にテープが巻いてあるが、ここが下山口だという標識は何もない。登りに使うにはいいが、初めての人は下山口に迷うかも知れない。
まずは行者還岳に向かう。
満開のシロヤシオの木が何本もある。
このあたりでは、山芍薬、シロヤシオ、クサタチバナの順で咲く。シロヤシオが見ごろの時はたいてい山芍薬は終わっていて、今まで一度しか見たことがない。
以前山芍薬が咲いているところに出たが、もう花は終わっていた。遅かったかなと思っていると、その先に山芍薬が5,6輪咲いている!見ごろの花、散りかけた花、蕾の花。
すぐ先にはクサタチバナの群生地がある。早すぎると思ったが、数輪咲いていてくれた。クサタチバナ、私はここでしか見たことがない。
大峰だけでなく、他の場所でも見たことがない。他にはどこで咲いているのだろうといつも思う。
行者還岳に登る。山頂は奥駈道から少し外れている。少し大普賢岳のほうに行ってから戻るような形で行者還岳山頂に行く。オーバーハングの岩壁を直登することは難しいだろう。
ここのシロヤシオはまだ蕾が多かった。
山頂付近にはたくさんのシャクナゲがある。満開の花が多かった。
山頂は展望がないが、少し行くと八経ヶ岳と弥山が見えるポイントがある。
真下には小屋が見える。ここは行者還岳の岸壁の真上に当たる。買ってきたいなりずしを食べてから戻る。
さて、時間はたっぷりあるがお天気はどうだろうか。標高の高い八経ヶ岳に少し雲がかかっているが、このあたりは問題ない。
まずは行者還トンネル西口から登ったところの出合に行く。このあたりのシロヤシオは見事だ。だが、まだ蕾が多かった。1週間先が見ごろかも知れない。
まだお天気は持ちそうだ。一の垰に戻り、高塚に向かう。
1380、1418と稜線をたどり、1418から南に行くと三本栂から上北山中学に出るらしい。1418から東に行けば高塚に着く。
私はこの尾根が大好きだ。展望がない森の中の道だ。だが、その森が美しい。出会う人もめったにいない静かな道だ。
高塚、私は今まで高塚山と書いていた。昭文社の地図にも高塚山と出ている。だが、最近このピークの点名は高塚山ではなく、高塚だとご指摘していただいた。
この森の道にもシロヤシオが咲いていた。背丈は高く花の密度は小さいが、真っ赤なヤマツツジと共に緑の森に華を添えていた。
高塚に着く。以前あった山名版はない。三等三角点があるだけだ。
山頂の少し先に行ってみる。すると、右の斜面に小さな赤い花がついた木があった。
サラサドウダンだ!
木につかまって少し下って近づいて見る。今年初めて見るサラサドウダンだ。ここまで来てよかった。今回のご褒美だ。
最初に高塚に来たときは前の年に登った人のレコを見て、北側の林道に向かって急斜面を下った。植林と自然林の間を下ればいいと書いてあった。このあたりだと思って適当に下った。
林道についてほっとしたが、その林道が途中で大きく崩れていた。そこが一番の核心部だったような。無事行者還トンネル東口に着いたときはホッとした。
それ以来、高塚に登るときは一の垰からの往復にしている。今回も往復にした。美しい森歩きは往復も楽しい。
後日友人がこの林道から登ったレコをアップしていた。私が下った時より歩きやすくなっていたが、いつまた崩れるかわからないと書いてあった。
確かに不安な林道は行きに使ったほうが安心だ。行きで通れなければ戻ればいいのだから。今度はそうしてみようかと思った。
【釈迦ヶ岳】
【 日 付 】5月28日(日)
【 山 域 】大峰山脈
【メンバー】tsubo
【 天 候 】曇り
【 ルート 】前鬼林道ゲート7:00ー7:32小仲坊7:38ー8:38二ツ岩ー9:20太古の辻ー9:54深仙宿ー10:51釈迦ヶ岳11:25ー12:37太古の辻12:43ー14:25大きなトチノキ14:37ー14:55小仲坊15:21ー15:47前鬼林道ゲート
行者還岳に登った後は休む間もなく、田んぼに畑にと多忙の日々だった。
26日に田植えが終わり、27日に気になっていた畑仕事をすませる。なんとしても山に行きたい。
行きたいのは前鬼から登る釈迦ヶ岳。いや、釈迦ヶ岳が目的なのではなく、前鬼に行きたい。小仲坊の五鬼助さんに会いたい。
五鬼助さんは毎週土日だけ大阪から前鬼に通っている。いつもは平日に山に登る私だが、釈迦ヶ岳だけは土日に登る。五鬼助さんに会いたいからだ。
うちから前鬼のゲートまでは2時間半。
最近は下北山村のスポーツ公園の駐車場で車中泊して早朝から登る。だが、この日は疲れていてとても夕方家を出て車中泊する気になれなかった。
アラームを3時にセットしてうちの布団に入る。だが、起きれなくて布団から出たのは4時だった。
4時半出発。国道はがらがらでスピードが出る。コンビニやガソリンスタンドに寄っても前鬼林道のゲートには7時前に着いた。
小仲坊に7時半に着く。五鬼助さんは作務衣姿で廊下をほうきで掃いていらした。
挨拶をして立ち話をする。すると、来週の6月4日にここで奉納祭があるからいらっしゃいと言われた。その日はやぶこぎのオフ会に行く予定をしている。曖昧な返事をして釈迦ヶ岳に向かった。
緑が深まった前鬼の森を登って行った。歩き始めはちょっと疲れが出て重かった足取りがどんどん軽くなる。気持ちも軽くなる。
太古の辻から深仙宿あたりまでの奥駈道のシロヤシオは素晴らしかった。先週の行者還岳あたりのシロヤシオよりもっと白が際立っていて美しかった。
釈迦ヶ岳山頂近くのシロヤシオはまだ蕾だった。来週が見ごろだろうか。
前鬼に下る手前でちょっと寄り道をして大きなトチノキに会いに行く。
空洞になった木の中に入る。不思議な感覚になる。心が落ち着く。
行者堂で般若心経を唱えてから小仲坊に行くと、熊野修験でお世話になっている行者の柴田さんとお仲間の方がいて、お札を刷っていた。
「この版木は明治時代に途絶えてしまった五鬼熊の版木です。熊とは書いてないけど、この花押が五鬼熊にものです。来週行われる奉納祭で配るんです。」
柴田さん、五鬼助さんや登山者の方としばらく歓談した。
今度の奉納祭では行者堂に長らく眠っていた梵鐘をつくとのこと。そのいわれをうかがった。
「6月4日の奉納祭、その日は予定があるんですけど・・・できたら来ます。」と言って小仲坊を後にする。車に戻り、あれこれ考える。オフ会も行きたいけど、やっぱり奉納祭に行こう。
私があんなに疲れていたのに、どうしても釈迦ヶ岳に行きたい、いや前鬼に行きたい、五鬼助さんに会いたいと思ったこと。それはこの奉納祭に呼ばれたんだ。このご縁を大事にしなくては。
車を止めてメールする。一緒にオフ会に行く予定だった方にお断りのメールだ。心が決まる。
【前鬼】
【 日 付 】6月4日
【 山 域 】大峰山脈
【メンバー】tsubo
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】前鬼林道終点ー小仲坊ー前鬼林道終点
数日前の台風による大雨が嘘だったような素晴らしい青空が広がる。
前鬼の行者堂の前に人々が集う。
簡易な方法で吊り下げられた梵鐘。
それは1612年に当時の天下一の鋳物師と言われた久怡(きゅうい)が別のお寺に奉納した梵鐘だ。その後明治の廃仏毀釈で紆余曲折を経てこの行者堂で眠っていた梵鐘だ。
まずは五鬼助さんがつく。160年ぶりの鐘の音が大峰の山に鳴り響く。
その後行者さん、参加者と次々について行く。私もつかせていただいた。行者の柴田さんにつき方を教えていただき思いっきりつくと自分でもびっくりするくらいに大きな音が響いた。
小仲坊には大峰、前鬼にまつわる掛け軸や書も展示されていて興味深い。
居合抜、竜笛、太鼓の演奏などの奉納が続く。中でも私が心動かされたのはケルト音楽のハープと歌声。素晴らしい音色が大峰の山に響いていく。
そして初めて見る白拍子。平家物語の世界にひたるようだ。
皆さん、行者さんや関係者のお知り合いの方ばかり。アットホームな奉納祭だった。
新しい人との出会い、馴染みの人との再会もあって楽しかった。
最後は五鬼助さんの挨拶と餅まき。
昨年は第一回の奉納祭ということで感極まった五鬼助さんは涙がこらえられなかったが、今年は落ち着いていらした。
この素晴らしい空間にいられるということで満ち足りた気持ちでいた。
ああ、もし、先週疲れているからと前鬼に来なければ、今日この場にはいなかった。
あの日どうしても前鬼に来たい、五鬼助さんに会いたいと思ったのはこの場に呼ばれていたんだなあと思う。
その前に行者還岳に登らなかったら、もしかしたら28日には釈迦ヶ岳ではなく行者還岳に行ったかもしれない。
すべてがこの日につながっていたのだ。
この前鬼という場所が、五鬼助さんが大好きだ。私にとってとても大切な場所であり人であることを再確認した。
満ち足りた気持ちで前鬼を後にする。
軽トラの窓を開ける。
さわやかな風が吹き抜けていった。
合掌