【日 付】 2023年3月11日(土)
【山 域】 北アルプス
【メンバー】単独
【天候】 晴れ
【ルート】 梓川ふるさと公園6:30~金比良山8:00~中塔城8:37~黒沢山14:43~中塔城17:09~ふるさと公園18:01
私にとっての「黒沢山」は次の三座だった。
①【中ア】黒沢山(2127m)中ア北部、経ヶ岳の北東にそびえる衛星峰。辰野町と南箕輪村飛地の境界線上。
②【南ア】黒沢山(2123m)黒法師岳から中ノ尾根山に伸びる尾根上。
③【北ア】黒沢山(2051m)常念岳・蝶ヶ岳から大滝山に向かう主稜から東に派生する支稜にあって、松本市と安曇野市の境界上。
いずれも2000m超のヤブ山で、攻略にはそれなりの見極めがいる。最後に残った北アルプスの黒沢山。タイミングを見計らううち、シーズンオフが間近に迫った。慌てて計画をねじ込む。
梓川ふるさと公園の朝。美ヶ原に登った朝日がまばゆい。けれども神々しい朝を味わういとまはない。
この日、松本の最低気温は0℃、最高気温20℃。そう聞いただけで、登頂の成否は限りなく疑わしい。ヤブが顔を出す時期だ。中途半端な雪の緩みは、先を読めなくする。早くも黄信号が灯った。
最初の計画案はこうだ。南黒沢から本神山にダイレクトで登り、金松寺山から天狗岩の展望を楽しんだあと、黒沢山へ。下山は金比羅山を経由。しかし、これでは時間切れが理由で黒沢山に届かない可能性も出てくる。最優先は、黒沢山登頂。時間切れに備え、やむなく逆ルートとして保険をかける。
林道から金比良山の東尾根に取りつく。溝道が離合集散して、人の関わった色が濃い。だが、金比良山から中塔城の祠を過ぎても雪の気配がない。嫌な予感がする。背丈を超える笹ヤブを登りでこなすのはつらすぎる。
待ちわびた雪が現れたが、気温の上昇とともにグサグサの雪となって体力を奪っていく。これを潮時と見て、背中のスノーシューを下ろしたのが標高1450m付近。シューに足を入れ、ヒール側のビンディングを締めつけて固定しようと・・・その瞬間、あっと声が漏れた。
ストラップが音もなくブチッと切れた。しかも両方ともだ。言葉を失った。膝まで埋まる急傾斜の腐れ雪と、中途半端に顔を出すブッシュ。胸突く斜面では太ももまで埋まるし、一歩進んでは三歩下がる。地獄の責め苦をシューなしでこなすのはドMすぎた。
まあ、落ちつこう。ザックから細引きを取り出す。それをビンディング代わりに、かかとに回す。余分な長さをナイフでカット、ライターで末端処理する。作業時間は30分もかかった。
気を取り直して登山再開。ところが、ビンディングのストラップ幅に比べ、細引きはあくまでも「細」引きだった。重要なヒール部分の安定を細引きに任せるには限度があった。細引きだけで体重を支えるのは荷が重い。かかとグラグラ、細引きズレまくり。とうとうシューが脱げた。
脱げては履きなおすが、履いたはなから脱げ落ちる。シューの登攀能力は、シュー裏のグリップ力だけでなく、靴とシューを一体化させて保持する機能に支えられていることを思い知った。
黒沢山の頂上が千里の先に思える。それでも、じりじり体を持ち上げる作業を気が遠くなるまで繰り返していく。ふつうなら1時間のコースを、二時間半もかけた。
勝ち得た栄光は、展望のない針葉樹林の山頂。しかし、ほんの20分の滞在が何ものにも代えがたい至福の時間に思えた。
下山の途中に見える王ヶ頭や、蓼科から赤岳に連なる連峰も、春がすみの中だった。なのに、この達成感は何なんだ。
やぶこぎ屋は、実に不思議な生き物だと思う。
ふ~さん