【日 付】 2022年3月28日
【山 域】 奥越
【天 候】 早朝は雨。のち曇ったり晴れたり
【メンバー】バーチャリさん sato
【コース】 真名川ダム↔持篭谷山↔・1209
見上げた空からは何も落ちてこなかった。
一面ミルクを流したような雲で覆われているが暗さは無く、微かに黄みを帯び輝いて見える。
持篭谷を囲むまだら雪の山は、その淡くとろりとした空に、くっきりとした線を描き、穏やかに佇んでいた。
「お天気はもう大丈夫みたい」
「よかった」
隣に立つバーチャリさんと、にっこり頷き合う。
昨晩、道の駅越前おおの荒島の郷の駐車場に車を停め、明日は、バーチャリさんとわたし、ふたりでの初めての雪山旅、
と張り切って目覚ましを4時20分にセットして、眠りについたのだが、
車の屋根を叩く音で目覚ましの鳴る少し前に目が覚めた。ドアを開けると本降りの雨。
どういうこと?と思ったが、天気予報を信じ、バーチャリさんの車の中で雨宿り。
1時間が経ったころ、ぽつっぽつっという感じになり、ダムまで行ってみましょう、と出発したのだった。
「忘れ物はないかな」
車の中をチェックし、カギをかける。ワカンとピッケルをくくり付けたリュックを背負い、
「それでは、お願いします!」と一歩を踏み出した。
今日は、昨冬下った持篭谷右岸尾根をゆったり味わう旅。雪が融けきったダム管理道路を進んでいく。
道がある、と山日和さんから聞いていた尾根の取り付き地点は、ピンクテープがありすぐに分かった。
よいしょとコンクリの塀をよじ登り山中に入ると、急斜面につづら折りの道が伸びていた。
登りきると、自然林の明るくたおやかな尾根が目の前に広がり、なんともいえない温かな空気に包まれた。
裸んぼの背の高い木々のまわりで、薄汚れた雪をはねのけて生き生きとして立つユキツバキ、ササの葉の緑、
そして、地肌の黒さが目に染みる。
雪山気分で来たけれど、もう3月も終わり。春なのだ。
木々の間を行き交う小鳥たちのさえずりが温かな空気をやさしく震わせる。
「わぁ、いいなぁ」笑みがこぼれる。
空も明るい。時間はたっぷりある。春の空気をからだいっぱい吸い込み、
ヤマハンノキの実が散りばめられている雪面と、ぴょんぴょんとササが飛び出す地面を縫いながら、歩みを進めていく。
バーチャリさんとお話しをしながら歩きつつ、艶やかな葉を茂らせたユキツバキについ見入ってしまう。
こんなにもユキツバキが多い尾根だったとは。ぷくっとしたつぼみを見て胸がきゅっとなり、
くれない色に彩られたひと月後の風景を想像し、何故だか涙が出そうになった。
気が付くと、尾根はさらに広がりを見せ、健やかなブナの森に入っていた。
「わぁ、素敵」感嘆の声があがる。
足元が少し滑るのでアイゼンを装着して立ち上がると、木立の向こうから太陽が昇ってきた。
「わぁ、すごい」またもや感嘆の声。
満面の笑みを浮かべ、朝の光に向かっていく。
ブナの森を抜けると空が広がった。
ここからはうつくしき白き峰々を眺めながらの雪稜歩き。雲は多いけど視界はよい。
「わぁ、わぁ、すごい」感嘆の声が続いていく。しあわせ気分に包まれながら持篭谷山へ。
こんもりかわいい山頂に着き、おおきな荒島岳を仰ぎ見て、もうちょっと近づきたいなと、・1209に向かう。
絶景を楽しみながら歩いているうちに荒島岳と縫ヶ原山のジャンクションのピークが目の前に。
「あっ」思わず息を呑む。
「霧氷!」
思いもがけない山の神様からのプレゼント。
ピークに立つと南の尾根の入り口は潅木とササのヤブが通せんぼしていた。霧氷も少し先までしかない。
満たされた気持ちが全身を包み込んだ。
「ここでコーヒーを飲んで戻りましょうか」
「そうしましょう」
開けた場所は風が冷たい。ヤブが作ってくれた風よけの下に並び、
凛とした生命のエネルギーを放つ白と黒の気高いお姿の荒島岳を眺め、お茶会を楽しむ。
壮大な風景の中のちっちゃなわたしたち。いとおしい時間が過ぎていく。
ちょっとからだが固まってきた。どちらからともなく「さぁ、戻りましょうか」と立ち上がる。
帰りは行きよりにぎやかだった。
それほど時間は経っていないのに雪は柔らかになり、ズボッと踏み抜いてしまう。
そして、おおげさに声をあげて笑ってしまう。快適ではない踏み抜きも、ふたりだと楽しめる。
白き峰々に目を奪われ通り過ぎてしまった風景との出会いも。
白い尾根に立ち、静かに世界を見つめる一本の清楚なブナの木に気づき、ハッと足が止まる。
持篭谷山を越え、その先のゆるりとした起伏の中に入ると、
「さぁ、ここで休んでいきなさい」とやわらかな空気がわたしたちを包み込んだ。
今度は、越前甲、経ヶ岳、赤兎山を眺めながらのお昼ご飯。
ふと、バーチャリさんの黄色い帽子とポシェットを見ると、水色の布が縫い合わされていた。
「ウクライナの国旗」
バーチャリさんの言葉が胸を突く。
わたしたちが、あぁ楽しい、と過ごしているその時、悲しみ、恐怖の中にいる人たちがいるという現実。
わたしたちには何が出来るのだろう。ちいさな声でも、あげることの大切さをバーチャリさんから学ぶ。
そして、こうしてお山を楽しむことが出来るのは、平穏な日々があってからこそなのだ、としみじみと思う。
やわらかな空気の中、あっちに飛び、こっちに飛び、話が続いていったが、
また同じように、どちらからともなく立ち上がった。
ブナの森に入ると、踏み抜きはより多くなった。
「わぁっ」とふたり同時に声をあげ、ズボリと踏み抜き大笑い。
少し下るとケヤキが目立ってきた。これも行きには見過ごしていた風景。
「ヤマザクラは見かけないねぇ」とバーチャリさん。
「えへん」と隣から咳が聴こえたような気がして横を向いたら、立派なヤマザクラの木。
またまた、ふたりで大笑い。
わたしたちの笑い声が木々を刺激させたのか。
枝先がまだ雪に埋まり弓なりになっていた木々が、何だか楽し気に立ち上がったような気がした。
面白がっていた踏み抜きだったが、だんだんと嫌になり、地面に逃げて歩いていると炭焼き窯跡にぶつかった。
この尾根の道は、下若生子の村人が行き来した道なのだ。ぱぁっと風景が広がっていく。
おおきなミズナラの木に近づくと、袂には、ちいさなちいさな白いお花が咲いていた。
なんて健気でかわいいのだろう。「セリバオウレン!」とバーチャリさんがうれしそうに呟く。
春を告げるお花との出会いによろこんでいたら、
「ホーホケキョ」どこかから春を告げるウグイスの声。
つづら折りの道に入った。足裏に力をこめ、下若生子村に生きた人々に思いを馳せながら下っていく。
曲がり角で掴んだ木の枝先の万歳をしているような冬芽は、あともう少しで開きそうな勢いだった。
戻ったダム周辺の道路脇にはぽつぽつとふきのとうが咲いていた。
山の神様からのお土産!
「いい山旅でしたね」
「ありがとうございます」
まんまる笑顔で、歩いてきたお山を振り返る。
sato