【日 付】 2021年10月14日(木)
【山 域】 若狭
【天 候】 晴れ
【メンバー】Kさん sato
【コース】 久須夜ヶ岳展望台~・544~・125~標高10m余り滝の上
~対岸の尾根~展望台
「なんて、素晴らしい景色なのだろう!」
この秋、三つ目の先端への旅は絶景から始まった。
標高590m、久須夜ヶ岳展望台からの眺望は想像以上のものだった。
山歩きの準備を整えるのも忘れ、海と陸と空が織りなす妙なる自然の造形を食い入るように見つめる。
青空を覆うように浮かぶ灰色の雲の隙間から射しこんだ光が、風景になんともいえない陰影を与え、
八百万の神が御座す神話の世界を覗いているような気分になる。
- 展望台からの景色
「あれが獅子ヶ崎」Kさんの声に現実に戻る。
指差す先には、巨大ナメクジのような黒崎半島が鏡のような海の上に突き出ていた。
触角はびっくりの険しさだ。手前は黒崎、奥が獅子ヶ崎。胸にきゅっとした心地よい痛みを覚える。
先月、膝下の怪我の痛みが和らぎ、ワクワクしながら向かった獅子ヶ崎で感じた清々しさを、
からだはしっかりと記憶している。
今回は、海のまん前に降り立つことは出来るのかな。ヤブや岩に阻まれずに進めるかな。
到達点にはどんな風景が待っているのかな。
ちいさなちいさな岬で感じた清々しい諦めが、さあ、と、絶景を前に佇むわたしたちを出発へといざなう。
日本地図を広げると、越前岬から丹後半島経ヶ岬にかけて日本海がぐいと入りこみ、
大きな湾になっているのに目が留まる。
若狭湾だ。湾内にはさらに数かずの湾が入りこみリアス式海岸を形成している。
このギザギザした海岸線上に並ぶ大小さまざまな半島、岬の面白い地形への旅を続けていらっしゃるKさんと、
今日は、老人礁という変わった名前の岬へと向かうのだ。
- 煌めく到着点
車道を少し戻り、・544の尾根に入る。
穏やかな広葉樹の森に出迎えられ、うん、いい感じ、とうれしくなる。
と同時に、ずるっと滑ってしまいびっくりする。足に力が入っていなかったのだ。
今までは数週間歩かなくても何ともなかったのに。毒でからだが疲れてしまったようだ。
これ以上怪我をしてはいけない。
麻痺のある右手は掴む動作は可能。木の幹を掴みながらゆっくりと下っていく。
ヤブの無いすっきりとした尾根が続いていく。下るにつれて常緑樹が増えてくる。
何の樹なのだろう。ずっしりとした風格のある樹が、先端へと向かうわたしたちを、
どこか山深いところに迷い込んでしまったような気持ちにさせる。
緑の森歩き。海に近づいているのに海を近くに感じないなぁ、と思っていると、
いきなり左側の斜面が切れ落ち、尾根が細くなり、青い空、青い海が目に飛び込んできた。
劇的な風景の移り変わり。わぁっと高揚感が高まる。
・125に登り、さて、どう進みましょうか、と地図を見る。
尾根を進むと断崖絶壁。海に近づける可能性は谷からだ。
前回の多祢寺山から北へ先端への輝く山旅でも経験している。
でも、せっかくだから尾根を行けるところまで進み、トラバースしましょう、ということに。
地面が無くなる少し手前で、木に抱きつきながらズトンと切れ落ちた断崖を想像し、
そろそろと斜面をトラバースし、ちいさな谷に出る。
すぐ先には青い青い海。さあ、どこまで近づけるのだろう。
「あぁ、駄目だった」Kさんのちょっと残念そうな声が聞こえた。
谷の最後は岩盤。Kさんの横に立つと、足元の先はまっすぐに流れ落ちるちいさな滝になっていた。
滝の下は、青く透明な水が静かに打ち寄せる猫の額ほどの砂利浜。
このちっちゃな浜から、海はどんなふうに見えるのだろう。どんな気分になるのだろう。
降りられるかな。無理かな。諦めよう。
「あぁ、残念」と言いながら微笑んでいた。
谷が開けた先には白く煌めく段状の岩盤広場。
その滑らかな岩盤の間を、山から生まれた水が、さらさらと海へと吸い込まれていく・・・。
地図からは想像できない地形、想像できない光景には度々出会うが、
多祢寺山の山旅での夢のような地形の先端に出会い、さらにそこに立つことが出来るのは、
旅を続ける中で、ふっと訪れる、ひとつの輝きの瞬間なのだ。
笑いながら、独標50mに辿り着けなかった獅子ヶ崎で感じたのと同じ清々しさに包まれていた。
あきらめるのはあきらかにみること。
今、ここに在るわたしをあきらかに感じる。青い青い海を目の前に、標高10m余りで感じる清々しい諦め。
足元のすぐ先に未知の世界を感じる胸のときめき。なんて素敵な体験なのだろう。
朝の灰色の雲はいつの間にか流れゆき、澄み渡った空には様々な形のまっしろな雲が湧き上がっている。
どこまでも広がる青い空、青い海、白い雲。
未知の世界を感じるわたしのこころもどこまでも広がっていく。
- 思い出深い常神半島を眺める
煌めく到達点で、Kさんと味わった数々の風景が折り重なる日本海を眺め、
思い出話に花を咲かせながらのお昼ご飯。
ひとつの山旅で出会った思いがけない風景が、つぎの旅への想像を掻き立て、
こうしてあらたな風景への出会いへと繋がっていくのだなぁ、としみじみと思う。
まだ、時間は早いが登りは何があるか分からない。
多祢寺山の時は、行きはよいよい帰りはこわい、シダのヤブに捕まった。去り難いが腰を上げる。
帰りの右岸尾根には、谷の中を少し進み、北に出た緩い尾根で向かうことにする。
そう、思いがけない光景との出会いは突然やってくる。
雑木林の中に浮かぶ石積み。なんと炭焼き窯の跡だった。
こんなところにどうして。どこから来た人が作ったのだろう?
焼いた炭は、どこに、どうやって運んだのだろう?興奮に包まれる。
ぱぁっと、風景が奥行きを増していく。
帰りの尾根もヤブの無いすっきりとした尾根だった。
途中からは道型も現れ、調子よく登っていく。
謎の炭焼き窯について、あれこれお話しているうちに車道に出た。
展望台に戻り、出発前に見入っていた風景をぐるりと見渡す。
青い海から続いていく緑のお山の中に、集落と集落を結ぶ道、峠道と峠を横切る尾根道、先端への道・・・
Kさんと辿った道が光の筋のように浮かび上がる。
ひとつひとつの道から、わたしの道が伸びていくのを感じる。
わたしが在る限り、次つぎと繋がっていく世界を感じ、胸が熱くなる。
帰ったら、宇久と堅海の歴史を調べよう。どんな想像が膨らんでいくのだろう。
未知の世界を感じどきどきする。
sato