【 日 付 】2021年10月23日(土曜日)
【 山 域 】安倍奥
【メンバー】山猫、家内
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】安倍峠登山口13:36〜14:14八絋嶺登山口〜14:40富士見台〜15:23八紘沢の頭〜15:36八紘嶺〜16:20富士見台〜16:37八絋嶺登山口〜17:05安倍峠登山口
この安倍奥なる山域はいつか訪れてみたいと前々からその機会を伺っていたところである。南アルプス南部の山と高原地図の裏面に「安倍奥」の地図があるのでこの山域を知ったのだが、2年前のオフ会にて初めてバーチャリさんとお話しした時のこと、話は南アルプスの深南部のことになり、「安倍奥はいいですよ〜」という予言のようなフレーズが以来、耳の奥でリフレインしていたのだった。
久しぶりの横浜への出張は土曜日の朝に私の役目が終了するので、いよいよ念願の安倍奥に足を踏み入れることにした。前日の首都圏では日がな冷たい雨が降り続いていたが、ホテルで早朝に目が醒めると、美しいブルーアワーであり、東の空の一端がオレンジ色に染まっている。都会でもこのような暁の空を眺めることが出来るのは空気が澄んでいる証しであり、この日の好天が期待されるというものだ。
仕事が終わるとその足で新幹線に乗り込み、静岡で家内と待ち合わせる。駅の近くでレンタカーを借りて、一路、安倍川の源流部、いわゆる安倍奥を目指して北上する。
川の両側には丘陵が現れると茶畑が広がるようになり、いかにも静岡らしい景色が広がる。大井川方面への分岐点となる横沢までは南アルプスからの往復で何度か通ったところであるが、ここから先は初めてだ。急に川の両側に山が迫り、渓谷の雰囲気となる。
梅ヶ島温泉、山中に忽然とレトロというか昭和風の雰囲気の旅館が立ち並ぶ温泉街が現れる。温泉街を通り過ぎて安倍峠に向かう林道豊岡梅ヶ島線へと入ると、最初の左カーブで多くの車が停められている。何とこの先で林道は通行止になっているではないか。2年前の台風19号の影響で林道が崩壊したままらしい。
翌日の山行の計画もあるのでこの日は車で登山口まで林道を上がって短い山行に・・・と思っていたのだが、そのあてが大きく外れたようだ。今更、他のトレッキングを計画するのは難しい。登山口で休憩されていた男性がおられたのでお話をお伺いすると安倍峠まで行ってこられたらしい。「足の速い人なら1時間で登山口まで登るでしょう」とのこと。
しばし地図と睨めっこをしてコースタイムを計算するが、何とか八絋嶺まで往復可能かもしれないと判断する。問題は翌日の山行があるので、ハムストリング付着部炎を患っている左脚にどれほどの負荷をかけられるかではある。ピストン往復のいいところは登山は難しいと感じたらその時点で引き返すことが出来るのことだろう。
登山の準備をしているうちにも上からも続々と人が降りてくる。どうやらかなり人気の山のようだ。早々に準備を整え、ヘッデンをリュックの中に忍ばせると植林の尾根に取り付く。展望のない植林の中を黙々と登り、40分弱で林道との交差地点、すなわち本来の八絋嶺の登山口に到着する。林道から上では景色が一変、自然林の快適な疎林が広がるようになったかと思うと随所にブナの大樹が現れ、樹々の立派さに見惚れながら尾根を登る。
樹林の中で色づいている低木は五葉の躑躅のようだ。おそらくシロヤシオだろう。午後の陽光が差し込み樹林ではかすかに色づいた樹々から柔らかな透過光が降り注ぐ。稜線が近づくと尾根の右手は針葉樹林が広がるようになる。シラビソのように思われる。関西でよく見かける杉や檜の樹林とは大きく異なり、林の中が明るい。
安倍峠からの稜線と合流する地点が富士見台だ。富士見台は簡素な木製のプレートが置かれているだけの場所であった。富士山が見えるには見えるが樹々の生ですっきりと展望できるわけではない。右手の尾根芯の上に登るとようやく富士山の眺望が得られたが、富士山の山頂部には笠雲がかかっている。尾根芯の北側は足元から大きく切れ落ちているので慎重を要するところだ。
ここまで登り始めてからおよそ1時間、このペースでいけばおそらく八絋嶺まで1時間、下りは2/3をかけて1時間20分、何とか17時過ぎには下山出来るだろうと計算する。
八絋嶺を目指して稜線を北西に進むと、尾根は一段と空気が冷え込んでいるようだ。ひときわ鮮やかな紅葉を見せているのはドウダンツツジだろう。最初の小ピークに登ると稜線には立ち枯れの樹々の間に笹原が広がり、南側に安倍川から駿河湾に至るまでの大展望が広がるようになる。やがて笹原の間にはダケカンバが目立つようになり、午後の日差しが光沢のある幹を明るく輝かせている。
山頂への登りになると笹原が大きく広がり、安倍奥の東側の山々の彼方に駿河湾を眺めながら最後の登りを辿る。
山頂部は落葉松の樹林帯となっている。八絋嶺は安倍川、富士川、大井川の分水嶺であるが、その割には山頂は落葉松に囲まれて展望のない地味な広場であった。ここからは日没までのカウント・ダウンが始まるので、山頂でのんびりしている余裕はない。早々に落葉松林の中を下山の途につく。
尾根には随所で左側に富士山の好展望地が現れる。嬉しいことに先ほどまでは笠雲を被っていた富士山からみるみるうちに雲がとれて、その端正な山容が姿を現す。
下りの尾根では夕方の斜陽のせいでシロヤシオの紅葉が黄金色に輝かせている。今更ではあるが、ピストン往復は同じ場所が陽光や雲の具合によって帰路が新鮮に感じられるのが面白い。
良好に整備された登山道は歩きやすいので快適に下ることが出来るが、家内は砂利の多い下り道は苦手らしく、あまりスピードが出ない。夕陽が山の陰に隠れると植林の中は急に薄暗くなってゆく。
ほぼ計算通りの時間に登山口に辿り着いた。まだ空は明るいように思われたが、秋の落日は速い、梅ヶ島温泉から南下して今夜の宿、コンヤ温泉に向かうと急速にあたりは暗くなっていくのだった。
いささか慌ただしい山行ではあったが、絶好の展望に加えて短いコースの間にも多彩な表情を見せてくれる安倍奥の林相を堪能した山行であった。やはりバーチャリさんの予言は正しかった。