【 日 付 】2020年11月14日(土曜日)〜15日(日曜日)
【 山 域 】野坂
【メンバー】山猫、家内
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】(一日目)黒谷林道の駐車地14:24〜16:09ca790m
(二日目)ca790m6:49〜7:03庄部谷山〜8:08甲森谷入口〜 8:53出合9:34〜10:50ca860m〜11:52芦谷山12:44〜13:55庄部谷山〜15:00黒谷山〜15:26駐車地
大規模な風力発電の計画が進行している庄部谷山から芦谷山にかけての稜線を週末の日曜日に歩かれるという山行にflatwellさんからお誘い頂く。flatwellさんと共に歩いた芦谷山、庄部谷山の山行で山日和導師とお会いしたのは今から丁度、二年前のこの時期のことだ。晩秋の甲森谷の風景を見てみたかったということもあり、我々は前日の土曜日に出発し、山上でflatwellさん達にお会いすることを計画する。風力発電機が建設される前にこの山の黄葉の山毛欅林を見ることが出来るのも下手すると最後の機会かもしれない。
【一日目】
土曜日の午前中は朝から雲のない快晴が続いているが、この日もオンラインでのwebカンファレンスがあったので、出発が遅くなる。尤も私自身のプレゼンが終わるやいなや、PCの前を離れて山の準備に取り掛かるのだが、オンラインの会議やカンファレンスは出番がなければ離席してもバレないのがいいところだ。
京都を出発しR367、通称、鯖街道を北上すると比良の山、権現岳は上の方は紅葉がすっかり散っているようだ。紅葉が見られるのはどうやら山の下半分のあたりだ。
黒谷の入口からは林道を奥に進む。非舗装の林道に通行の支障となる石は取り除かれているようであり、真新しいタイヤの痕があるようだ。林道のヘアピン・カーブの手前の広地まで難無く入ることが出来る。
車を停めると、黒谷左岸の廃林道を辿る。廃林道とはいえ既に林道の跡形はほとんどない。歩き始めるとすぐに山の上の方からヘリコプターの音が聞こえる。
最後の三段の堰堤の手前を対岸に渡渉し、堰堤を越えるとすぐに黒谷の出合となる。渡渉して右俣に入ると、沢の流れの両側には門のように岩を抱えて立つ二本の欅の大樹が現れる。谷には炭焼き窯が現れる。
右岸につけられた送電線巡視路の踏み跡を辿ると早速にも山毛欅の大樹が出迎えてくれる。なだらかな谷間には平流が流れるようになる。
前回の山行でテントを張った場所に到着すると、背後から西陽が差しこみ、平らな河岸段丘を明るく照らしている。ここにテントを張ろうかと思ったが、まだ時間も早く、家内が尾根の上まで登ることを望む。尾根を見上げると西陽に輝く山毛欅の黄葉が目に入った。斜面を登って黒谷の右俣と左俣の間の中尾根を登ることにする。
一面に黄色く色づいた小紫陽花の藪をかき分けて最初の急斜面を登ると徐々に斜面の斜度は緩くなり、送電線鉄塔にたどり着く。尾根を辿ると早速にも壮麗の山毛欅の黄葉の樹林が始まる。ここは昨年の秋ににも辿ったところではあるが、山毛欅の樹影がよく見えるようになったせいか梢が高く感じられる夕陽が梢から落とす黄金色の透過光を浴びながら緩やかに尾根を辿る。
標高が750mを越えると山毛欅は既に葉を落としている樹が多くなる。落ちて間もない落葉の柔らかい絨毯の上を歩く。ca790mピークの広々とした山頂台地にテントを張ることにする。山毛欅の葉が落葉したせいで、樹林に深く夕陽が差し込む。
テントを張り終えるとまもなく西の空にわずかにかかる雲の中に陽が隠れる。西側から大きな音量で聞き覚えのある旋律が聞こえてくる。「夕焼け小焼け」の歌であった。時間を確認すると17 時である。新庄の集落の防災無線から聞こえてくるのだろう。子供に帰宅を促すためのようだが、子供が外で遊ぶ機会が少ないせいだろうか、今や放送する自治体は少ないらしい。
この日のメニューは、ゴボウ天とマッシュルームをフライパンで温めると、次いで炭焼地鶏と玉ねぎ、しめじのソテー、牛肉、カボチャとインゲンとトマトの蒸し焼きである。最後の〆は白ご飯にカモロース、オリーブとマッシュルームを加えてリゾット風にするがこれは実に絶品であった。携行した赤ワインとウィスキーも早々に空けてしまい、食後は速やかに眠りに落ちていった。
真夜中にテントに近づいて来る足音と共に熊鈴の音が聞こえて目が覚める。途端に音が聞こえなくなったで、どうやら空耳だったらしい。果たして同じタイミングだったかどうかはわからないが、私の家内もテントに近づく足音を聞いて真夜中に目が覚めたらしい。
【二日目】
翌日、テントをたたみ6時半過ぎに出発する。樹間から朝陽が差し込むと、途端に山毛欅の林が赤橙色に輝き始める。庄部谷山にはわずかな登りで到着する。この山に来たのは5ヶ月ぶりだ。山頂には真新しい山名標がかけられていた。私のリュックにここからの山行で不要なものを詰め込むと山頂にリュックをデポし、まずは標高点772mを目指して北尾根を辿る。
ここでも広い尾根に樹高の高い壮麗な山毛欅の疎林が続く。尾根にはピンクテープがあるが、ピンクテープが誘導するのは山頂の北西のピークca840mの方らしい。尾根には果たしてこんな広々とした樹林が広がっていたのだろうかと思うほどに見事な疎林が続くが、前回辿った6月の山行では10m先も見えないような濃霧の中だったので、この樹林の景色を眺めるべくものないのだった。
標高点772mのあたりは広々とした台地状の緩斜面であり、明瞭なピークはない。ここは何本もの尾根が集まるところであるが、ca650mあたりにさしかかかるとここは何本もの尾根が集まるところであるが、甲森谷の入口めがけて下降する尾根がなかなかわかりにくい。一見、単なる急斜面に見えるが、方向を見極めて尾根を下るとすぐにも痩せ尾根となる。尾根上は杉の幼木による藪が頻繁に現れるが、右側斜面を巻くと通過しやすい箇所が多い。
尾根を下るにつれて紅葉の樹々が増える。やがて尾根の下部に至ると左側に緩斜面が見えてくるが、前回はこの緩斜面につられて左側に下降したところ谷を下降する羽目になったのだが、家内は谷の下降は嫌がるだろう。今回はあくまでも尾根芯に忠実に下降すると、右手に甲森谷の流れが見える。
尾根の末端部からは右手の斜面を下って甲森谷に降り立つと、狭い河岸には苔むした炭焼き窯が歓迎してくれる。まだ朝陽の差し込まない広い谷は薄暗く、荘厳な雰囲気が漂っている。渡渉を繰り返しながら上流へ辿ると、岸にはカツラの大樹が現れる。
やがて広い谷の正面にはカツラの大樹を背に見覚えのある炭焼き窯が現れる。前回のrepでも同様のことを書いたが、この炭焼き窯は背後のカツラのための祭壇のようであり、樹と共にあることで始めて一幅の絵画として完成するように思える。背後の聖堂のパイプオルガンを思わせるカツラの樹には幹が纏う深い緑の苔が厳かな神性を与えている。
炭焼き窯を過ぎると谷はますます大きく広がり、緩やかな円弧を描いて流れる谷の平流の河岸段丘には次々とカツラの大樹が現れる。トチやカツラの葉はすっかり散ってしまっていたが、谷を取り巻く斜面の楓は紅葉の最盛期のようだ。
谷の出合が近づくと左岸の斜面は朝陽を浴びて輝いている。徐々に明るくなってゆく谷を眺めながらコーヒーを淹れて、のんびりと朝食の休憩をとることにする。
お遭いした時のrepで山日和導師は「明る過ぎて、この森の持つ厳かな空気が失われているような気がした」と書いておられたが、確かに谷の荘厳な雰囲気を堪能するには深い谷間に陽光が差し込まない朝の時間の方が良いのかもしれないと思った。
左俣の谷の正面から登ってゆく朝陽が谷を照らし始めている。谷の右岸は芦谷山のすぐ南のピークへと至る長い尾根となっている。尾根の取付きは急ではあるが、登るのにさほど無理のない斜面に思われるが、まずは左俣のすぐ先にある大産岩屋の滝を訪ねることにする。
左俣を上流に向かい、左岸の小さな谷を越えるとすぐに巨岩の下にある岩屋とその左にかかる滝が現れる。滝の左岸には岩屋の上に向かって伸びている細いバンドが目に入る。バンドに取り付くが、もう一息というところで足がバンドの上の足場が滑る。私はなんとか無理によじ登ることが出来たとして家内は到底無理だろう。やむなく撤退し、バンドの右手から尾根を登る。
斜面をトラバースしながら下降すれば滝の落ち口にたどり着けそうだが、その上流にも滝が目に入る。家内がこの尾根をそのまま登るのがいいというので、芦谷山へと向かう尾根を辿ることは諦めて尾根を登ることにする。前回の山行で登ったのはこのすぐ西側の尾根であるが、こちらの尾根の方がさらに急峻であり、下降には到底、適さない尾根に思われる。
尾根を辿るとすぐにヘリコプターの音が聞こえ始める。朝から遭難者を探しているのかと思ったが、すぐにヘリコプターは別の目的で飛んでいることを知る。
尾根を登るにつれて徐々に斜度が緩くなる。樹林の間の広地からは左手にピークca830mが見えるが、その上には見慣れない銀色に輝く細長い鉄塔が立っている。風力発電器を建てる前に風力を調査するための観測機が設置されたようだ。その鉄塔のすぐ近くにヘリコプターが飛来する。どうやら観測機のあるピークに荷物を運搬しているようだ。
ところで目の前には尾根の好展望を喜んではいられない状況が待ち構えていた。尾根上には倒木の集中地帯が現れる。多くは杉の樹ではあるが、尾根上には立っている樹が見当たらず、樹が悉くなぎ倒されているようだ。樹は西側斜面に倒れ込んでいるものが多いので、東側斜面に回り込んでみると、状況はさらに酷かった。
尾根芯に近いところで少しでも倒木のましなところを選んで通過する。倒木帯を通過するとそこから先には通行の支障となる倒木はほとんどなくなった。山毛欅には杉の混じる樹林となり、尾根芯は歩きにくいので左側斜面をトラバース気味に登る。
稜線に出るとここからはいよいよ快適な山毛欅の回廊だ。ca850mのピークで北東に方向を転じ、芦谷山の方へ進む。ca830mのなだらかな山頂に達するとその北東の端に再び風力観測機の鉄塔がが見える。
鉄塔の下には数人のパーティーがおられる。遠くからでも見覚えのある顔を認識することが出来る。flatwellさんだ。風力観測機の下に到着すると愕然とする。6月に来た時にテープでマーキングされていた山毛欅の樹はやはり悉く伐採されており、つい最近、伐採されたものと思われる真新しい切り株と切られた樹がそこら中に散乱している。
ピークを下るとすぐにもパーティーの方々に追いつく。ここからはflatwellさん一行のパーティーに加えて頂き、一緒に芦谷山の山頂を目指す。
若越国境尾根は稜線の西側にも広々とした斜面が広がっており、斜面の西側をトラバース気味に歩いて尾根に乗る。既にすっかりと葉を落としてしまってはいるが一際大きなトチノキの大樹が存在感を示す。
芦谷山へ到着すると北東斜面の樹間から野坂山と敦賀湾を望むポイントで皆さんと共にランチ休憩となり、肉饅を蒸して皆さんに差し入れをする。ランチ休憩の後は我々はデポしたリュックを回収するために庄部谷山まで戻らねばならないので、flatwellさん一行とお別れして先に失礼させて頂く。
先ほどのca830mピークで戻ると工事の方達にご挨拶する。皆さんは礼儀正しく、人の好い方達に思われた。どうやらこの風力計は設置が完了したのは昨日とのこと。風力計は最上部が高さ60mあり、およそ5mほどの間隔を空けて3つの小さな風車が回っている。その中で最適な高さを選択した上で風力発電機をここに設置するそうだ。「今後、このあたりの山という山に風力発電機が立ち並ぶことになります」と工事の方が無邪気に笑顔で話される。
午後の光の中を庄部谷山を目指して山毛欅の回廊を辿る。大規模な風力発電と林道工事のためにこの美しい山毛欅林が根こそぎ伐採される日が近いのだろう。
庄部谷山からは山頂の南のなだらかな台地ca830mで大きく右手に方向を転じて、黒谷の右岸尾根(西尾根)に入る。この尾根も下生の少ない快適な樹林が続く。やがて高度が緩やかに下が李、標高が750m以下になると、尾根には急に紅葉の樹々が目立つようになる。
昨日に登りで辿った中尾根の方が山毛欅の壮麗な樹林が広がっているように思われるが、こちらの尾根は楓の樹々が多く、華やかな雰囲気だ。樹林の中には所々に山毛欅の大樹が現れる。黄葉の木々を背後に従えて林の中で屹立する山毛欅の凜とした雰囲気には畏敬の念を抱かざるを得ない。
やがて尾根の送電線鉄塔に出ると正面には大御影山と三重獄のシルエットが大きく浮かぶ。背後には彼方に庄部谷山からの稜線が見える。送電線鉄塔からは午後の西陽を受けた紅葉の樹林から降り注ぐ色とりどりの透過光の中を歩くと、黒谷山の広いススキの原に出る。
風にそよぐ黄金色のススキの穂の向こうに江若国境稜線の壮大なパノラマが広がる。江若国境の山々を眺めるのにこれほど素晴らしい展望台は他には思いつかない。二年前の晩秋の山行で夕暮れ時のこのススキの原に立った時の感動と焦燥を思い出す。
黒谷山からは後はわずかである。小さな鞍部から左手の斜面を下ると送電線鉄塔までは尾根を辿る。鉄塔からは左手の斜面を折り返し、後は黒のプラスチック階段を辿り、ジグザグと斜面を下降する。黒谷を渡渉して林道に上がると車を停めた駐車地のすぐ南であった。
美浜の酒店では早瀬浦を入手するのが慣例となっている。この日は涼み酒と夜長月を入手する。山毛欅と紅葉を堪能した筈の山行ではあったが、やりきれない哀しみで胸がいっぱいになりながら、夕暮れの鯖街道を辿るのだった。