【大峰】「奥駈道から海が見えた日」行者還岳〜七曜岳〜稚児泊
◆山行日:2023年10月21日〜22日
◆山域:大峰 行者還岳〜七曜岳周辺
◆天候:21日 曇り北西の風 22日 晴れ
◆メンバー タイラ、アオバ*ト
◆ルート:21日 水太登山口〜無双洞〜行者還岳避難小屋
22日 行者還岳避難小屋〜行者還岳〜七曜岳〜稚児泊〜七曜岳〜無双洞〜水太登山口
「ねえねえ!海だよ!!海が見える!!」
北西からの季節風が吹き荒れた日の次の日の朝、
行者還岳の小屋を出て、頂上に向かう途中、思いがけない景色が視界に入ってきた。
大台ケ原から稜線を東へ目で追った先に、海が光っていた。
きのう、水太登山口前に車を駐めて、無双洞で水を汲んで稜線まで上がってきた。
林道を走る車から見下ろす水太谷の下流域は緩やかで美しい。
登山口も柔らかな自然林に包まれていて、とても気持ちがいい。
谷沿いにゆるゆると二股まで上がってくると、上流に無双洞のある左俣の風景がすばらしい。
明るい自然林の中にいくつもの小滝が連なる様子が絵のような美しさだ。
二俣の間の小尾根を回り込みながら高度を上げるとすぐに水簾の滝が見えてくる。
なかなか見応えがある。もう一登りして目を凝らすと対岸の岸壁にいくつかぽっかりと穴が空いている。
先週雨の中、慌てて七曜岳から下ってきて、間抜けにも無双洞を見逃してしまった理由がよくわかった。
それにしても無双洞は、すごいところだ。岸壁の直径1m位の穴から水がゴウゴウと川のように流れて来て、
そのまますごい勢いで滝となって落ちている。いったいこの穴の奥には何が潜んでいるのだろうと思った。
ここで水を汲んで、稚児泊にBCを張ろうと思っていた。
稚児泊は、神童子谷に行った頃、周辺の山行記録を調べていてその名前を知った。
オソゴヤ谷から稚児泊に上がったり、また反対に降りてきている人たちがいた。
先頃、tsuboさんのレポにも出てきて、その名前だけは頭の片隅に残っていた。
それが先週、何の気なしに大普賢岳を周回したら、突然目の前に現れ、ひと目で心惹かれてしまったのだった。
無双洞と稚児泊、この2つを再訪しようというのが今回のテント泊のテーマだった。
ところがだ、登るにつれて、空模様はなんだか怪しくなってきた。
稜線まで高度差100mを切った頃、木の梯子に足をかけようとしたら、もう上から降りてきた人がいた。
稜線は大荒れで寒くて少しも休憩できずにすっ飛ばして来たとのこと。
たしかに天川村側に強風の予報が出ていた。でもこっち側(上北山村側)は、曇ってはいるものの
風ひとつなく穏やかだったので大丈夫だろうと高をくくっていたら甘かった。
稚児泊にテント張りっぱなしはこの様子では危険かもしれないと思い始めた。
稚児泊は道の西側に開けており、風をダイレクトに受けることになる。
残念だけど、行者還岳の小屋に行くしかないか、と思った。
慌てて合羽を着込んで稜線に出る。やっぱりすごい風だった。
行者還岳の小屋も悪くはない。
でもせっかく楽しみにしていたプランは消失しつつあった。
和佐又ヒュッテじゃなくて、水太登山口から入山したら、無双洞までたったの30分で着く。
無双洞で水を汲んで、どんなにチンタラ登っても2時間くらいで稜線に出る。
七曜岳を越えたら稚児泊はすぐ。可愛らしいフカフカのテント場にテント張って、空身で行者還岳を往復する。
寝処に帰って夕陽を眺めて晩ごはん。
次の日のは、大普賢岳を越えて阿弥陀の森の女人結界まで往復する。
こんなプランだったのだ。
風はいっこうに止む気配はなくむしろ強くなってくるようだった。
七曜岳から行者還岳への道は、黄色く色づいた木々の葉っぱがふんわりしっとりと靄としずくにに包まれて美しかった。
けれど、ザックの中のテントの重みがむなしい。
小屋に着いたのは、昼の1時半頃。けっこう寒い。
小屋に着いて、内心ほっとしたのが半分、忌々しさ半分。
お天気に当たり散らしても仕方ないのだが、テントを詰め込んだザックを放り投げる。
小屋には誰もいなかった。入ったところの広いお部屋に店開きしようとしたら、平さんが、
まだ誰か来るかもしれないよというので、こんなお天気で誰も来ないだろと思いつつ、
渋々隣の小さいこじんまりした部屋に移動した。
そしたら、しばらくして、ソロの若い男性がやって来た。八経ヶ岳から来たと言った。
明日は和佐又に降りて、大台ケ原に行くとのこと。
もしかして一日で川合から八経ヶ岳に登って一気にここまで来たのか。
翌朝、朝の3時頃には、もういなかった。
自分たちのチンタラさ加減が情けなくもあるけど、自分には自分の流儀があるのだと、自分を慰める。
寒いので、ダウンを着込んで、お湯を沸かしてスープを飲んで、やることないのでお昼寝して、
夕方起きて質素な晩ごはん食べて、バーボンウイスキーのお湯割りをシコたま飲んで、早々とシュラフにくるまった。
外には出たくても出られるような様子ではなかった。
やっぱりここに避難して良かったのか。
だけど、明日はどうしようか。いったん予定が思い通りにならなくなると、
もうどうでもいいやという気持ちになってくる。
阿弥陀の森は、またいつか行けばいい。でもやっぱり稚児泊までは行こう。
テント張れなかった分、稚児泊でゆっくりランチとお茶会して帰ろうと決めて眠りについた。
朝、外に出ると、きのうの嵐はなかったかのように穏やかに晴れわたっていた。
巻き道途中の行者の雫水は、そこそこ水量があり、すぐに1リットルの容器をいっぱいにすることができた。
きのう無双洞で、ふたりで5リットル汲んできた水は、もうほとんど残っていなかった。
無双洞の水は、あまりにも美味過ぎて、昨晩何杯もウイスキーのお湯割りにして、飲み尽くしてしまったのだった。
巻き道から稜線に上がり、行者還岳にゆるゆると登って行く。
木のたもとににザックをデポして、ふと東の空を眺める。
山の連なりの向こうには、少し雲海が湧いている。
しばらくぼんやり眺めていたら、一部分が光っていた。海だった。
「ねえねえ!海だよ!海が見える!」
きのうの無念が帳消しになった瞬間だった。
奥駈道から、そう簡単に海は見えないと思っていた。
吉野から歩いて来て玉置山くらいでやっと見えるのかなと思っていた。
でも、違っていた。空気が澄んでいれば、奥駈道のどこからも海は見えるのかもしれないと、あらためて思った。
山頂まで往復して戻って来たら、海はさっきよりもキラキラと光っていた。
海は、稜線を北上するほどにくっきりしてきて、海上に浮かぶ船が進んで行く様子までも見て取れた。
どのあたりの海が見えているのだろう。尾鷲だろうか。もう少し北だろうか。
上手く撮れないのはわかっていても、何度も立ち止まって写真を撮った。
以後、巻道を通る時をのぞいて、七曜岳に着くまで海は、ずっと美しくたおやかに光っていた。
七曜岳を下り七つ池までやって来た。池というより、二重稜線の間のすり鉢状の窪地のようなところだ。
小角が大蛇を退治してここに封じ込めたとか、誰かが書いていた。
すり鉢は苔むして樹林に包まれいちばん深いところには、水が湛えられているように見える。
壁の所々には、よく見ると小さな穴が空いている。
「無双洞」とこの「七つ池」と和佐又に向かう巻き道の途中にある「底なし井戸」は繋がっているとかいないとか。
なかなか想像力を掻き立てる話しだ。
七つ池をやり過ごすと、tsuboさんが好きだと言う苔の森が現れる。
七つ池の二重稜線から複雑な地形が続いている。
複雑な地形が苔の森の美しさを引き立てているが、ガスっていたらフラフラと大蛇の寝処に引き込まれてしまいそうだ。
稚児泊はこんな怪しげなエリアとこの先の難所との合間に突如として、まるで幻影のように現れる。
全く異次元のような空間だ。西からの風には太刀打ちできないかもしれないが、魔物からは守られるような雰囲気がある。
可愛らしい妖精の住処のようなところだ。
実際には、オンナコドモのように怖気づいている奴は置いていくぞと、
気弱な修行僧が置いてけぼりになったという切ない場所らしい。
ちょうどお昼どき、大普賢岳から周回してきたハイカーたちが寛いでいた。
私たちも隅っこに腰かけてお湯を沸かしてお昼にする。
今まで、奥駈道は全山切り立ってゴツゴツした殺風景な針山のようなところだと思っていた。
でもそうではなかった。
険しい場所を通り過ぎると突如として天国のような美しい風景が現れる。
これを繰り返されると、やっぱり山にひれ伏し、祈りと感謝の気持ちしか湧いてこないのだった。
再び七曜岳のてっぺんにやって来る。若いカップルが仲睦まじげに寛いでいる横をそっと通り過ぎる。
鎖場を降りて、稜線と別れていく。木々の枝越しに海を探す。海はもう光ってはいない。
海はいつの間にか空と混じり合って、どこかに行ってしまった。
でも、また会えるだろうと思う。
見えなくても、ちゃんとそこにいることがわかったのだから。
アオバ*ト