【大峰】錦繍の滝川本流から大日岳・釈迦ヶ岳へ
Posted: 2018年10月31日(水) 23:10
【日 付】2018年10月28日(日)
【山 域】大峰山脈 釈迦ヶ岳周辺
【天 候】晴れ
【コース】峠の登山口6:56---7:32下降点---8:17滝川本流---9:14 1184m標高点---10:00ナメ終了点10:25---10:50深仙ノ宿
---11:21大日岳---11:41深仙ノ宿12:44---13:30釈迦ヶ岳13:50---14:02千丈平14:25---15:42登山口
前夜から吹いていた強い風は朝になっても止まなかった。空を覆う雲も多いが、これは時間が経てば次第に取
れるだろう。標高1300mを超える登山口は寒く、フリースを脱いで出発するのも勇気が要る。
登山口から少し上がれば釈迦ヶ岳への尾根に乗る。ここから直接山頂に向かえば短時間で到達できるお手軽コース
だが、それでは運動にもならない。釈迦とは反対側に右折して、しばらく下ったところから谷へ飛び込んだ。
前回より一つ手前の谷を下ったつもりだったが、帰宅してからGPSの軌跡を見比べてみたらまったく同じだった・・・。
下り出しは急だが、すぐに傾斜は弱まり、豊かな樹林に包まれた穏やかな谷が広がる。
木々の紅黄葉はこの標高では最高潮を迎えている。滝と呼べるものがひとつとしてない、岩が積み重なっただけの
ガレ谷の両岸に疎林の台地が展開し、次々と合流する支谷と尾根を吸収して、やがて広々としたひとつの台地とな
った。滝川本流はもう目の前だ。谷底にはまだ日が届かず、紅葉した木々も寒々とした風景に映る。
谷の右岸にはいい道が続いている。少し進むと新しそうな木橋に左岸へと導かれる。水量は少なく、橋がなくて
も渡渉に苦労することはない。
左岸に広がる段丘の道を上流へ辿って行くうちに、やっと太陽が差込み始め、まばゆいばかりの赤と黄が頭の上を
飾り始めた。紅黄葉は主役スターだが、日の光という照明係があってこそ本来の美しさが引き出されるのだ。
頭上の絢爛絵巻を楽しみながらゆっくりと歩く。早足で通り抜けることなどとてもできない。
整備された道は1184m標高点から尾根に向かって上がって行く。ここで道を捨てて本流へ下りた。
今日の主目的のひとつが上流のナメ帯を歩くことだったからである。予想より水量が少なかったので、用意してき
た渓流シューズに履き替えるのをやめた。岩はフリクションが非常に良く、登山靴でも十分に歩くことができる。
水の中をヒタヒタと歩く楽しみは味わえないが、履き替える手間を惜しんでしまった。
このナメを歩くのは3回目である。延々と続くナメ床は美しく、履き替えるのサボったことを棚に上げて、もう
少し水量が多かったらよかったのにと贅沢なことを考えてしまう。
ナメの途中で一服。音もなく滑るように流れ落ちる水を眺めながら、何を考えるでもなく時間が過ぎて行く。
深仙ノ宿に突き上げる支流の入口は、一見すると支流が入っているようには見えない。ガレた谷筋は問題なく歩
けるが、左岸の斜面の方が歩きやすい。もうすぐそこに青空に区切られた大峰奥駈の主稜線が見えている。
深仙ノ宿は大峰山の修験道の行場のひとつである。釈迦ヶ岳と大日岳の険しい尾根に挟まれたここは、開けた草
原の小台地にお堂が佇むオアシス的な場所だ。ちょろちょろながらも水が得られる稜線上の貴重な場所でもある。
東面を眺めると、前鬼川の孔雀又谷の支尾根には五百羅漢と呼ばれる岩峰が林立している。台高山脈南部の山並み
が連綿と続く。
ランチには時間が早いので、大日岳を往復してこよう。大日岳の行場ルートは鎖が設置されているが、山頂近く
の2mほどの間が鎖以外のホールドがまったくないので恐い。鎖がなくても岩にホールドがある方がマシである。
両手で掴んだ鎖だけが唯一の頼りというのは嫌なものだ。
下降する巻き道もそこそこのバリルートだ。20年ほど前の冬にロープを出して登ったことを思い出す。
深仙ノ宿へ戻ってのんびりランチタイムを楽しんでいたら、何やら凄い人数のパーティーがやってきた。
いつ果てるともなく次々に到着する人々の姿を見ると、作業着に背負子を担いで、手には電動ノコギリを持った人
もいる。それにしてもみんなずいぶん若く、どう見ても中学生か高校生である。リーダーらしき人に話を聞いてみ
ると、山麓の花瀬にある「ほんみち教」の人たちだった。千丈平で行事があるので、それに備えて整備をしに行く
ということだ。その数なんと90人。まさかここでこんな大パーティーに遭遇するとは思わなかった。
ちなみに滝川本流のほんみち教本部より上流はすべて教団の持ち山らしい。入る時は事前に連絡が欲しいというこ
とで電話番号を教えてくれた。
釈迦ヶ岳へは300m弱の登り。いつもながらビアランチの後は足が重たく、自分の意志に反して足が上がらない。
千丈平への分岐まで来ると、ほんみちの先発隊が千丈平経由で登ってきた。追いつかれるのは嫌なので動かない足
を必死に動かして山頂に辿り着いた。
6年ぶりの釈迦ヶ岳。釈迦如来像の立つ山頂は360度遮るもののない展望だ。北には孔雀岳から仏生ヶ岳、七面山
、明星ヶ岳、八経ヶ岳の大観が広がる。仏生ヶ岳南面の1400m以下の斜面が紅葉の最盛期のようで、赤と黄の綾錦
が山腹を彩っていた。
展望に耽っていると先ほどの団体が上がってきた。深仙ノ宿で出会った約半分ぐらいの人数だろうが、広いとは
言えない山頂は足の踏み場もない状態である。他には犬連れの単独者がひとりいただけなので、本当なら静かな日
本200名山を楽しめたはずだったのに。
山頂を辞して千丈平へ下りると、残りのメンバーによる作業の真っ最中だった。電動ノコギリの音が響き渡る。
枯れた木を切っているようだ。
この尾根も展望の道である。古田の森から登山口への分岐までずっと釈迦を背負って歩く。子供のシカが2頭いた。
一頭は脱兎(脱鹿?)のごとく逃げて行ったが、もう一頭はじっとこちらを見つめて動かない。手を振ってもカメラを
構えてもウインクしても微動だにしない。いつまでも睨めっこしていても日が暮れるのでこちらでキリを付けて立ち
去る。
もうすぐ登山口というところで年配の登山者が上がってきた。こんな時間にと訝っていると、釈迦山頂の手前で別
れた息子夫婦が下山して来ないと言う。一緒に登ったが体調不良のため自分だけ引き返して、彼らは孔雀岳を往復す
る予定らしい。お気を付けてと別れて登山口へ戻ったら、その人もあきらめ顔で下りてきた。
孔雀往復とランチタイムを計算したら、まだそれほど心配することもないように思えたが、70過ぎのその人をひとり
にするのも忍びず日没まで一緒に待つことにした。それから3組ほどのパーティーが下山してきたが、声が聞こえる
たびに期待したのもすべてぬか喜び。5時を過ぎて日も傾いてきた。
日没になって下山しなかったら自分が集落まで下りて警察に届けますよと、本人と息子夫婦の名前・住所と携帯番号
を聞いた。なにせ携帯が通じない圏外なので始末に負えないのである。釈迦の山頂でも電波は通じなかった。
登山口の車がすべてなくなり、焦りを隠せなくなった頃話し声が聞こえた。大声で息子の名前を呼ぶと返事が返っ
てきた。やれやれである。息子夫婦は健脚で沢登りもやるという話だったので、私的にはそれほど心配はしていなか
ったのだが、待たされる身には無限に近いほど時間が長く感じられたに違いない。待たせる方はなんとも思わず、日
没までの時間を計算してのんびり楽しんでいたのだろう。自分の親でなければ気を遣ってもう少し早く下りて来ただ
ろうと思う。
ともあれ無事でよかった。当人に余計な気を遣わせては悪いので、登山口に到着する前に出発した。
今日は明るいうちに温泉に入れると思ったんだけど。
山日和
【山 域】大峰山脈 釈迦ヶ岳周辺
【天 候】晴れ
【コース】峠の登山口6:56---7:32下降点---8:17滝川本流---9:14 1184m標高点---10:00ナメ終了点10:25---10:50深仙ノ宿
---11:21大日岳---11:41深仙ノ宿12:44---13:30釈迦ヶ岳13:50---14:02千丈平14:25---15:42登山口
前夜から吹いていた強い風は朝になっても止まなかった。空を覆う雲も多いが、これは時間が経てば次第に取
れるだろう。標高1300mを超える登山口は寒く、フリースを脱いで出発するのも勇気が要る。
登山口から少し上がれば釈迦ヶ岳への尾根に乗る。ここから直接山頂に向かえば短時間で到達できるお手軽コース
だが、それでは運動にもならない。釈迦とは反対側に右折して、しばらく下ったところから谷へ飛び込んだ。
前回より一つ手前の谷を下ったつもりだったが、帰宅してからGPSの軌跡を見比べてみたらまったく同じだった・・・。
下り出しは急だが、すぐに傾斜は弱まり、豊かな樹林に包まれた穏やかな谷が広がる。
木々の紅黄葉はこの標高では最高潮を迎えている。滝と呼べるものがひとつとしてない、岩が積み重なっただけの
ガレ谷の両岸に疎林の台地が展開し、次々と合流する支谷と尾根を吸収して、やがて広々としたひとつの台地とな
った。滝川本流はもう目の前だ。谷底にはまだ日が届かず、紅葉した木々も寒々とした風景に映る。
谷の右岸にはいい道が続いている。少し進むと新しそうな木橋に左岸へと導かれる。水量は少なく、橋がなくて
も渡渉に苦労することはない。
左岸に広がる段丘の道を上流へ辿って行くうちに、やっと太陽が差込み始め、まばゆいばかりの赤と黄が頭の上を
飾り始めた。紅黄葉は主役スターだが、日の光という照明係があってこそ本来の美しさが引き出されるのだ。
頭上の絢爛絵巻を楽しみながらゆっくりと歩く。早足で通り抜けることなどとてもできない。
整備された道は1184m標高点から尾根に向かって上がって行く。ここで道を捨てて本流へ下りた。
今日の主目的のひとつが上流のナメ帯を歩くことだったからである。予想より水量が少なかったので、用意してき
た渓流シューズに履き替えるのをやめた。岩はフリクションが非常に良く、登山靴でも十分に歩くことができる。
水の中をヒタヒタと歩く楽しみは味わえないが、履き替える手間を惜しんでしまった。
このナメを歩くのは3回目である。延々と続くナメ床は美しく、履き替えるのサボったことを棚に上げて、もう
少し水量が多かったらよかったのにと贅沢なことを考えてしまう。
ナメの途中で一服。音もなく滑るように流れ落ちる水を眺めながら、何を考えるでもなく時間が過ぎて行く。
深仙ノ宿に突き上げる支流の入口は、一見すると支流が入っているようには見えない。ガレた谷筋は問題なく歩
けるが、左岸の斜面の方が歩きやすい。もうすぐそこに青空に区切られた大峰奥駈の主稜線が見えている。
深仙ノ宿は大峰山の修験道の行場のひとつである。釈迦ヶ岳と大日岳の険しい尾根に挟まれたここは、開けた草
原の小台地にお堂が佇むオアシス的な場所だ。ちょろちょろながらも水が得られる稜線上の貴重な場所でもある。
東面を眺めると、前鬼川の孔雀又谷の支尾根には五百羅漢と呼ばれる岩峰が林立している。台高山脈南部の山並み
が連綿と続く。
ランチには時間が早いので、大日岳を往復してこよう。大日岳の行場ルートは鎖が設置されているが、山頂近く
の2mほどの間が鎖以外のホールドがまったくないので恐い。鎖がなくても岩にホールドがある方がマシである。
両手で掴んだ鎖だけが唯一の頼りというのは嫌なものだ。
下降する巻き道もそこそこのバリルートだ。20年ほど前の冬にロープを出して登ったことを思い出す。
深仙ノ宿へ戻ってのんびりランチタイムを楽しんでいたら、何やら凄い人数のパーティーがやってきた。
いつ果てるともなく次々に到着する人々の姿を見ると、作業着に背負子を担いで、手には電動ノコギリを持った人
もいる。それにしてもみんなずいぶん若く、どう見ても中学生か高校生である。リーダーらしき人に話を聞いてみ
ると、山麓の花瀬にある「ほんみち教」の人たちだった。千丈平で行事があるので、それに備えて整備をしに行く
ということだ。その数なんと90人。まさかここでこんな大パーティーに遭遇するとは思わなかった。
ちなみに滝川本流のほんみち教本部より上流はすべて教団の持ち山らしい。入る時は事前に連絡が欲しいというこ
とで電話番号を教えてくれた。
釈迦ヶ岳へは300m弱の登り。いつもながらビアランチの後は足が重たく、自分の意志に反して足が上がらない。
千丈平への分岐まで来ると、ほんみちの先発隊が千丈平経由で登ってきた。追いつかれるのは嫌なので動かない足
を必死に動かして山頂に辿り着いた。
6年ぶりの釈迦ヶ岳。釈迦如来像の立つ山頂は360度遮るもののない展望だ。北には孔雀岳から仏生ヶ岳、七面山
、明星ヶ岳、八経ヶ岳の大観が広がる。仏生ヶ岳南面の1400m以下の斜面が紅葉の最盛期のようで、赤と黄の綾錦
が山腹を彩っていた。
展望に耽っていると先ほどの団体が上がってきた。深仙ノ宿で出会った約半分ぐらいの人数だろうが、広いとは
言えない山頂は足の踏み場もない状態である。他には犬連れの単独者がひとりいただけなので、本当なら静かな日
本200名山を楽しめたはずだったのに。
山頂を辞して千丈平へ下りると、残りのメンバーによる作業の真っ最中だった。電動ノコギリの音が響き渡る。
枯れた木を切っているようだ。
この尾根も展望の道である。古田の森から登山口への分岐までずっと釈迦を背負って歩く。子供のシカが2頭いた。
一頭は脱兎(脱鹿?)のごとく逃げて行ったが、もう一頭はじっとこちらを見つめて動かない。手を振ってもカメラを
構えてもウインクしても微動だにしない。いつまでも睨めっこしていても日が暮れるのでこちらでキリを付けて立ち
去る。
もうすぐ登山口というところで年配の登山者が上がってきた。こんな時間にと訝っていると、釈迦山頂の手前で別
れた息子夫婦が下山して来ないと言う。一緒に登ったが体調不良のため自分だけ引き返して、彼らは孔雀岳を往復す
る予定らしい。お気を付けてと別れて登山口へ戻ったら、その人もあきらめ顔で下りてきた。
孔雀往復とランチタイムを計算したら、まだそれほど心配することもないように思えたが、70過ぎのその人をひとり
にするのも忍びず日没まで一緒に待つことにした。それから3組ほどのパーティーが下山してきたが、声が聞こえる
たびに期待したのもすべてぬか喜び。5時を過ぎて日も傾いてきた。
日没になって下山しなかったら自分が集落まで下りて警察に届けますよと、本人と息子夫婦の名前・住所と携帯番号
を聞いた。なにせ携帯が通じない圏外なので始末に負えないのである。釈迦の山頂でも電波は通じなかった。
登山口の車がすべてなくなり、焦りを隠せなくなった頃話し声が聞こえた。大声で息子の名前を呼ぶと返事が返っ
てきた。やれやれである。息子夫婦は健脚で沢登りもやるという話だったので、私的にはそれほど心配はしていなか
ったのだが、待たされる身には無限に近いほど時間が長く感じられたに違いない。待たせる方はなんとも思わず、日
没までの時間を計算してのんびり楽しんでいたのだろう。自分の親でなければ気を遣ってもう少し早く下りて来ただ
ろうと思う。
ともあれ無事でよかった。当人に余計な気を遣わせては悪いので、登山口に到着する前に出発した。
今日は明るいうちに温泉に入れると思ったんだけど。
山日和