【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

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【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

投稿記事by わりばし » 2017年11月08日(水) 03:36

日 付】2017年11月5日(日)
【山 域】鈴鹿山脈
【コース】浄水場駐車場7:45---10:00漆ヶ滝---12:00経ヶ塚12:50---14:45浄水場駐車場
【メンバー】Iさん、わりばし

 霊仙岳の麓の上丹生にある西出商店さんをご存じだろうか。霊仙に登った人なら一度は手書きでていねいに書かれた「上丹生バス停前 西出商店」の心温まる看板を目にしたはずだ。霊仙岳にあったかつての杣道や横道を整備されている。その中でも、漆ヶ滝のある谷山谷の丹生道が安全に通れていたのは西出さんの尽力によるところが大きい。


 Iさんが谷山谷に行くのでご一緒させてもらうことにした。上丹生の谷山谷分岐には谷山谷道通行不可の看板があり浄水場をすぎた所にバリケードがしてあった。調べてみると5年前から通行不可になっていたようだ。近くの空き地に駐車し林道を進むとすぐに巨大な堰堤工事の最中だが、この日は休日で無人。その先のビン坂峠から降りてくる林道から重機やトラックは来ているようだ。当初の駐車予定地の屏風岩駐車場から入渓する。


 河原の石は真っ白で水量も多く青味がかって見える。岩は石灰岩の谷が崩落して土砂となり押し寄せた感じだ。旧登山口に向かう林道も落ちており河原を歩くしかない。途中に左岸の崖から小滝が流れている。「近畿の山と谷」(昭和11年)に書かれている御伊勢白水だろう。源泉は御虎ヶ池と言われ、昔山上に寺院が存在した時代に米を洗った水が流れ落ちたことから白水と言うようだ。このあたりから、あれだけあった水が伏流して白いゴーロのような涸れ谷を上っていく。水流に削られた石灰岩も多いが水音すらしない。


 谷のあちこちに西出さんが整備した道が残っているが長くは続かない。時には石積み道や岩を削った切通しなど昔から歩かれていた古道の痕跡も見られる。西山商店の看板のあるこうもり穴は、昭和のはじめは立って歩ける大きさだったようだか、今は土砂が流れ込み入口は屈んでどうにか入れる程度だった。

 白い土砂の涸れ谷を上っていくと左岸の一の谷から大量の土砂が流れ込んでいる。上丹生の河原まで流れ込んだ白石はここからきていたようだ。一の谷出合をすぎると谷も苔のついた昔の状態で水も流れ始め生命の息吹がもどってきた。小滝をいくつも越えながら廊下岩に三の谷が合流してくるくぐり岩と西出さんの看板を見ながら進む。くぐり岩は昔は三ノ門と呼ばれており三の谷出合にある門という意味だろう。


 傾斜が強くなり水量のある小滝をいくつか越えると漆ヶ滝だった。黒い岩肌に10m滝が扇上に簾をかけている。昔の呼び名は霊仙滝で、霊仙寺の修行の中心的な場所だったのだろう。左岸には西出さんが建立したと思われる「漆ヶ滝地蔵」が安置されている。ここまで沢歩きでは問題となる所は無かったが、登山道は寸断されており一般ルートとしてはとても使える状態ではなかった。


 地蔵さん横のルンゼを上り巻きはじめる。少し上ると下手からつけられている西出さんのトラバース道に合流するので、これを使わせてもらう。トラロープは残っているがなにせ整備されていない人の通っていない道なので斜面は元の状態にもどっておりロープも抜け落ちている個所もある。巻き道は、石灰岩が浸食された小滝と釜が連なる漆ヶ淵も一緒に巻いており漆ヶ淵の落ち口で対岸に渡るが、その手前で斜面が抜けている。大きな倒木が抜けに倒れておりこれを使って越えた。もう少しするとここもザイルを出さないと越えられないようになると思った。

 しばらくすると谷は魔洞道口の分岐のある二俣に分かれる。本流を進まずに右俣に入り谷をつめる。ここは登山道で、西出さんが整備した跡が残っているがほとんど歩かれていない。大きく立ちはだかる岩壁が出てきた。ここにも西出さんのトラロープが設置されている。ロープなしでも上れるが、下るときにはありがたいだろう。ただ、今となってはここを下る人もいない。この上で中道が合流しており、分岐には「漆ヶ滝のトラバースは危険につき通行禁止」の看板が立っていた。

 源流で尾根に乗るとIさんがナメコを見つけたので収穫させていただく。黄色に紅葉したブナを意識しながら上っていくと避難小屋手前の登山道に飛び出した。経ヶ塚で昼食。Iさんはナメコラーメン。私は帰ってからナメコ汁にしていただいた。やはり天然物は味が濃くおいしい。

 笹枯れでどこでも歩けるドリーネ群を池を見ながら歩き霊仙神社が祀られている御虎ヶ池を通る。二万五千地図で途中で破線が消えているビン坂峠道を下る。昔来たときは山頂付近のヤブに阻まれトラバースしたが、今ならどこでも歩ける。植林に入るころには立派な溝道が破線どうりにつけられている。斜面では九十九折れになっており、ただの杣道ではない。霊仙寺の最盛期には最も利用され、寺衰退後は御虎ヶ池に向かう雨乞いの道として使われた信仰の道のようだ。長い尾根をビン坂峠まで下り、後は林道を駐車地に向けて下るだけだ。

 林道に着く手前で猟師に合う。地元の人なので、西出さんの事を聞くと数年前に亡くなったようだ。西出さんに支えられて谷山谷道(丹生道)は存続してきただけに、ここを歩く人もいなくなるだろう。二度西出さんが登山道整備されている所を目にしたことがあり話をした覚えがある。ご冥福をお祈りしたいと思う。

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Re: 【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

投稿記事by 宮指路 » 2017年11月08日(水) 21:48

わりばしさん、おはようございます。

 霊仙岳の麓の上丹生にある西出商店さんをご存じだろうか。霊仙に登った人なら一度は手書きでていねいに書かれた「上丹生バス停前 西出商店」の心温まる看板を目にしたはずだ。霊仙岳にあったかつての杣道や横道を整備されている。その中でも、漆ヶ滝のある谷山谷の丹生道が安全に通れていたのは西出さんの尽力によるところが大きい。


気が付きませんでした。

 河原の石は真っ白で水量も多く青味がかって見える。岩は石灰岩の谷が崩落して土砂となり押し寄せた感じだ。

本当に真っ白なので雪と間違えそうです。

 谷のあちこちに西出さんが整備した道が残っているが長くは続かない。時には石積み道や岩を削った切通しなど昔から歩かれていた古道の痕跡も見られる。西山商店の看板のあるこうもり穴は、昭和のはじめは立って歩ける大きさだったようだか、今は土砂が流れ込み入口は屈んでどうにか入れる程度だった。


青川の素掘りトンネル(隧道)は今や影も形もありません。(>_<)

 白い土砂の涸れ谷を上っていくと左岸の一の谷から大量の土砂が流れ込んでいる。上丹生の河原まで流れ込んだ白石はここからきていたようだ。一の谷出合をすぎると谷も苔のついた昔の状態で水も流れ始め生命の息吹がもどってきた。小滝をいくつも越えながら廊下岩に三の谷が合流してくるくぐり岩と西出さんの看板を見ながら進む。くぐり岩は昔は三ノ門と呼ばれており三の谷出合にある門という意味だろう。

この辺りは道がなく沢になっているのですね。

 傾斜が強くなり水量のある小滝をいくつか越えると漆ヶ滝だった。黒い岩肌に10m滝が扇上に簾をかけている。昔の呼び名は霊仙滝で、霊仙寺の修行の中心的な場所だったのだろう。左岸には西出さんが建立したと思われる「漆ヶ滝地蔵」が安置されている。ここまで沢歩きでは問題となる所は無かったが、登山道は寸断されており一般ルートとしてはとても使える状態ではなかった。


漆ヶ滝は霊験新たかだったのですね。 お地蔵さんはかなり痛々しい姿です。


 地蔵さん横のルンゼを上り巻きはじめる。少し上ると下手からつけられている西出さんのトラバース道に合流するので、これを使わせてもらう。トラロープは残っているがなにせ整備されていない人の通っていない道なので斜面は元の状態にもどっておりロープも抜け落ちている個所もある。巻き道は、石灰岩が浸食された小滝と釜が連なる漆ヶ淵も一緒に巻いており漆ヶ淵の落ち口で対岸に渡るが、その手前で斜面が抜けている。大きな倒木が抜けに倒れておりこれを使って越えた。もう少しするとここもザイルを出さないと越えられないようになると思った。


かなり荒れている状態ですね。沢登経験者でないとここは難しそう

 笹枯れでどこでも歩けるドリーネ群を池を見ながら歩き霊仙神社が祀られている御虎ヶ池を通る。二万五千地図で途中で破線が消えているビン坂峠道を下る。昔来たときは山頂付近のヤブに阻まれトラバースしたが、今ならどこでも歩ける。植林に入るころには立派な溝道が破線どうりにつけられている。斜面では九十九折れになっており、ただの杣道ではない。霊仙寺の最盛期には最も利用され、寺衰退後は御虎ヶ池に向かう雨乞いの道として使われた信仰の道のようだ。長い尾根をビン坂峠まで下り、後は林道を駐車地に向けて下るだけだ。


ビン坂峠道も初めて聞きましたが昔はヤブだらけの信仰の道だったのですね。
                                 
                                                                                宮指路
宮指路
 
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登録日時: 2011年2月27日(日) 21:13

Re: 【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

投稿記事by わりばし » 2017年11月09日(木) 05:59

おはようございます、宮指路さん。

 霊仙岳の麓の上丹生にある西出商店さんをご存じだろうか。霊仙に登った人なら一度は手書きでていねいに書かれた「上丹生バス停前 西出商店」の心温まる看板を目にしたはずだ。霊仙岳にあったかつての杣道や横道を整備されている。その中でも、漆ヶ滝のある谷山谷の丹生道が安全に通れていたのは西出さんの尽力によるところが大きい。


気が付きませんでした。

汗ふき峠などの地名の手作り看板はみんな西出さんのです。


 河原の石は真っ白で水量も多く青味がかって見える。岩は石灰岩の谷が崩落して土砂となり押し寄せた感じだ。

本当に真っ白なので雪と間違えそうです。

沢筋は白いので明るい谷です。


 谷のあちこちに西出さんが整備した道が残っているが長くは続かない。時には石積み道や岩を削った切通しなど昔から歩かれていた古道の痕跡も見られる。西山商店の看板のあるこうもり穴は、昭和のはじめは立って歩ける大きさだったようだか、今は土砂が流れ込み入口は屈んでどうにか入れる程度だった。


青川の素掘りトンネル(隧道)は今や影も形もありません。(>_<)

あんなトロッコが通った穴まで消えましたからね。


 白い土砂の涸れ谷を上っていくと左岸の一の谷から大量の土砂が流れ込んでいる。上丹生の河原まで流れ込んだ白石はここからきていたようだ。一の谷出合をすぎると谷も苔のついた昔の状態で水も流れ始め生命の息吹がもどってきた。小滝をいくつも越えながら廊下岩に三の谷が合流してくるくぐり岩と西出さんの看板を見ながら進む。くぐり岩は昔は三ノ門と呼ばれており三の谷出合にある門という意味だろう。

この辺りは道がなく沢になっているのですね。

沢をたどった方が安全です。
登山道は寸断されていて大変です。


 傾斜が強くなり水量のある小滝をいくつか越えると漆ヶ滝だった。黒い岩肌に10m滝が扇上に簾をかけている。昔の呼び名は霊仙滝で、霊仙寺の修行の中心的な場所だったのだろう。左岸には西出さんが建立したと思われる「漆ヶ滝地蔵」が安置されている。ここまで沢歩きでは問題となる所は無かったが、登山道は寸断されており一般ルートとしてはとても使える状態ではなかった。


漆ヶ滝は霊験新たかだったのですね。 お地蔵さんはかなり痛々しい姿です。

なんでお不動さんじゃなく地蔵さんなんだとは思いますが・・
西出さんも祠をこんな所までよく運んだものです。

 地蔵さん横のルンゼを上り巻きはじめる。少し上ると下手からつけられている西出さんのトラバース道に合流するので、これを使わせてもらう。トラロープは残っているがなにせ整備されていない人の通っていない道なので斜面は元の状態にもどっておりロープも抜け落ちている個所もある。巻き道は、石灰岩が浸食された小滝と釜が連なる漆ヶ淵も一緒に巻いており漆ヶ淵の落ち口で対岸に渡るが、その手前で斜面が抜けている。大きな倒木が抜けに倒れておりこれを使って越えた。もう少しするとここもザイルを出さないと越えられないようになると思った。


かなり荒れている状態ですね。沢登経験者でないとここは難しそう

アンカーが外れている所もあります。
アンカー杭に運動会の見学席とトラックを仕切る長い杭が使われていて驚きました。
苦労して打ったんだろうな。

 笹枯れでどこでも歩けるドリーネ群を池を見ながら歩き霊仙神社が祀られている御虎ヶ池を通る。二万五千地図で途中で破線が消えているビン坂峠道を下る。昔来たときは山頂付近のヤブに阻まれトラバースしたが、今ならどこでも歩ける。植林に入るころには立派な溝道が破線どうりにつけられている。斜面では九十九折れになっており、ただの杣道ではない。霊仙寺の最盛期には最も利用され、寺衰退後は御虎ヶ池に向かう雨乞いの道として使われた信仰の道のようだ。長い尾根をビン坂峠まで下り、後は林道を駐車地に向けて下るだけだ。



ビン坂峠道も初めて聞きましたが昔はヤブだらけの信仰の道だったのですね。
                                 
ここはあまり歩かれていませんがいい道で、仕事も早いです。
一度お試しあれ。



                                                                                
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Re: 【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

投稿記事by SHIGEKI » 2017年11月14日(火) 23:47

わりばしさん こんばんは

 霊仙岳の麓の上丹生にある西出商店さんをご存じだろうか。

知ってますとも~

霊仙に登った人なら一度は手書きでていねいに書かれた「上丹生バス停前 西出商店」の心温まる看板を目にしたはずだ。霊仙岳にあったかつての杣道や横道を整備されている。その中でも、漆ヶ滝のある谷山谷の丹生道が安全に通れていたのは西出さんの尽力によるところが大きい。

ポイント、ポイントにやさしい看板がありましたね。  ○○商店と必ず書いてました。


上丹生の谷山谷分岐には谷山谷道通行不可の看板があり浄水場をすぎた所にバリケードがしてあった。調べてみると5年前から通行不可になっていたようだ。

それは知らなかった。 
もう7~8年前 この谷山谷道から続く、一ノ谷や横道が大量の土石で埋もれていましたが・・・
この登山道自体もかなり埋まってしまったのでしょうか


 谷のあちこちに西出さんが整備した道が残っているが長くは続かない。時には石積み道や岩を削った切通しなど昔から歩かれていた古道の痕跡も見られる。西山商店の看板のあるこうもり穴は、昭和のはじめは立って歩ける大きさだったようだか、今は土砂が流れ込み入口は屈んでどうにか入れる程度だった。

途切れ途切れになってしまってるんですね。

 白い土砂の涸れ谷を上っていくと左岸の一の谷から大量の土砂が流れ込んでいる。上丹生の河原まで流れ込んだ白石はここからきていたようだ。一の谷出合をすぎると谷も苔のついた昔の状態で水も流れ始め生命の息吹がもどってきた。小滝をいくつも越えながら廊下岩に三の谷が合流してくるくぐり岩と西出さんの看板を見ながら進む。くぐり岩は昔は三ノ門と呼ばれており三の谷出合にある門という意味だろう。

一ノ谷付近で多くの土石が押し寄せたんでしょうか?

霊仙は山人さん(辻氏)がビン坂峠道や静謐の尾根を歩いた記録を書いておられます。

その記録を読んで10数年前によく歩きました。
一ノ谷から横道、やましゃくの群落、登山道沿いにもたくさんの花が咲いていました。


 林道に着く手前で猟師に合う。地元の人なので、西出さんの事を聞くと数年前に亡くなったようだ。西出さんに支えられて谷山谷道(丹生道)は存続してきただけに、ここを歩く人もいなくなるだろう。二度西出さんが登山道整備されている所を目にしたことがあり話をした覚えがある。ご冥福をお祈りしたいと思う。

お会いしたことがあるんですね。
そうでしたか 看板でしか知りませんが、地元の山を愛した方、わたくしめもご冥福をお祈りします。

      SHIGEKI
SHIGEKI
 
記事: 478
登録日時: 2011年7月25日(月) 18:30

Re: 【鈴鹿】霊仙岳 西出商店さんの痕跡をたどる沢旅 谷山谷・ビン坂峠道

投稿記事by わりばし » 2017年11月16日(木) 06:34

おはようございます、SHIGEKIさん。

 霊仙岳の麓の上丹生にある西出商店さんをご存じだろうか。

知ってますとも~

知っている人がいて良かった。 :D

霊仙に登った人なら一度は手書きでていねいに書かれた「上丹生バス停前 西出商店」の心温まる看板を目にしたはずだ。霊仙岳にあったかつての杣道や横道を整備されている。その中でも、漆ヶ滝のある谷山谷の丹生道が安全に通れていたのは西出さんの尽力によるところが大きい。

ポイント、ポイントにやさしい看板がありましたね。  ○○商店と必ず書いてました。

漆ヶ滝の巻きの看板を読むと地蔵さんも西出さんが建立されたみたいです。
昔の道に対する思いも強かったんだろうなと思います。


上丹生の谷山谷分岐には谷山谷道通行不可の看板があり浄水場をすぎた所にバリケードがしてあった。調べてみると5年前から通行不可になっていたようだ。

それは知らなかった。 
もう7~8年前 この谷山谷道から続く、一ノ谷や横道が大量の土石で埋もれていましたが・・・
この登山道自体もかなり埋まってしまったのでしょうか

私たちも知らずに行ったのですが・・
登山道は岸の両岸に残るのみで一ノ谷出合までは無くなった感じです。

 白い土砂の涸れ谷を上っていくと左岸の一の谷から大量の土砂が流れ込んでいる。上丹生の河原まで流れ込んだ白石はここからきていたようだ。一の谷出合をすぎると谷も苔のついた昔の状態で水も流れ始め生命の息吹がもどってきた。小滝をいくつも越えながら廊下岩に三の谷が合流してくるくぐり岩と西出さんの看板を見ながら進む。くぐり岩は昔は三ノ門と呼ばれており三の谷出合にある門という意味だろう。

一ノ谷付近で多くの土石が押し寄せたんでしょうか?

一ノ谷から土砂が流れ込んだので、一ノ谷のダメージは大きいかな。


霊仙は山人さん(辻氏)がビン坂峠道や静謐の尾根を歩いた記録を書いておられます。

その記録を読んで10数年前によく歩きました。
一ノ谷から横道、やましゃくの群落、登山道沿いにもたくさんの花が咲いていました。


同じような時期に同じ本を読んでいたようですね。
私も山人さんのルートおっかけをしておりました。


 林道に着く手前で猟師に合う。地元の人なので、西出さんの事を聞くと数年前に亡くなったようだ。西出さんに支えられて谷山谷道(丹生道)は存続してきただけに、ここを歩く人もいなくなるだろう。二度西出さんが登山道整備されている所を目にしたことがあり話をした覚えがある。ご冥福をお祈りしたいと思う。

お会いしたことがあるんですね。
そうでしたか 看板でしか知りませんが、地元の山を愛した方、わたくしめもご冥福をお祈りします。
 

登山ブームといいながら昔からの道がだんだん消えていくのは寂しいかぎりです。
黙々と作業をしてみえた姿がいまも浮かびます。

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わりばし
 
記事: 1103
登録日時: 2011年2月20日(日) 16:55
お住まい: 三重県津市


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