春風に揺れるカタクリの大群落を歩いて、雪の笈ヶ岳へ
Posted: 2014年5月11日(日) 18:13
【笈ヶ岳】春風に揺れるカタクリの大群落を歩いて、雪の笈ヶ岳へ
【 日 付 】2014年5月2~6日
【 山 域 】両白山地
【メンバー】夫婦
【 天 候 】快晴と雨が交互に
【 ルート 】一里野温泉→ブナオ山→冬瓜平→笈ヶ岳(往復)
このGWは日頃行き慣れない谷川連峰を歩いてみたいと計画を温めていました。土合から巻機山までの縦走なのですが、春の声が近づくとともにネット上には不穏な気配が…。寡雪である、ヤブがいっぱいでている、クラックのオンパレド、猛烈な踏み抜き地獄、落ちたら背が立たない等々。…でこっちにしました、笈ヶ岳。
ただこの時期はジライ谷コースからの日帰り登山者がいっぱいです。なんでもこっちはかなりのハードコースらしいので、おそらく健脚者が多いのでしょう。かれらのペースには合わせられませんし、できれば迷惑をかけたくもないものです。そこで少し長距離になりますが、一里野温泉スタートのブナオ山経由としました。このコースは、ガイドブックにも載っているいわゆる一般ルートということになります。でも途中の道標といえば笈ヶ岳山頂標のみですし、ブナオ山を下りきったあたりからはヤブがコースを覆い尽くしてルートがなくなっています。つまり実質的にはバリエーションルートといってよいコースです。気をつけて歩きましょう。
さて小松方面からR360を走り、一里野集落の手前から左の側道をほんのわずか下ると小さな広場があり車数台は止められそうです。階段を下り吊り橋で尾添川を渡るところから歩き始めます。ここから尾根に乗るまでは北陸電力の敷地を無断使用させていただくのですが、そのほとんどは中宮発電所導水管の作業階段歩きです。導水管はなんでも600段以上あるとかで、新緑のなか天を衝くようにのびています。数えるのも消耗しますし、こここそはこのコースのハイライトなのだとマゾヒスティックに耐えるしかありません。
ところがその路半ばあたりで、両側の日当たりのよい斜面にポツリポツリとカタクリの花が目立ってきたことに気づきました。しかも歩くうちに花はどんどん増え、なんとあたり一面赤紫のカタクリに覆い尽くされてしまったではありませんか。標高670mあたりで尾根に乗り登山道に入ります。左が植林帯、右が新緑の広葉樹林です。倒木はあるもののヤブはなくしっかりした道です。800m辺りで急登になりますが、カタクリの群落は傾斜がいったんおちつく950m辺りまで続きました。日射しを浴び微風に揺れるカタクリの姿は、両手を頭の上で思い思いに振っている人間みたいにみえます。まるで我が世の春を唄う琉球貴族の宴がカチャーシーで大団円を迎えるかのようです。これだけでも十分見ごたえがあります。
1100mを越えるともう一度急登になり、頂上直下でようやく雪が連なるようになってきます。1250mで尾根を右に回り込んで雪を背負いこんだブナオ山頂上に着きました。ここまで標準的なコースタイムで2.5時間くらいでしょうか…我々はここで幕を張ります。
この山の頂上部分は、北東に長く延びていて、その端っこが展望に恵まれているようです。左右に尾根を広げた白山北面に向きあってテントを張りました。
去年のGWにこの山頂では男性が亡くなっています。私は別の山域に入山していて知らなかったのですが、テント内で火器を使用中眠ってしまい一酸化炭素中毒死されたと推測されているそうです。自分と同世代で、たまたま同じ職業だったこともあり火をつかうのに逡巡しましたが、やはり寒さには勝てずテント内で火をおこしました。ブナオ山には帰りにも立ち寄りましたが、頂上から白山に向かって白いバラとニッカウヰスキーが手向けられていました。合掌。
さてここからは尾根伝いに冬瓜平をめざします。ブナオ山から北東にのびる尾根を下るところまでは雪が繋がっていましたが、その先がヤブコギです。部分的に濃密なところがあって稜線は歩けず、トラバースする場面もありました。そのうえあいにく途中から雨も降り出し、一時はガスですぐ目の前が見えない状態です。そのせいもあってか途中で出会った3組7人は全て道迷い組でした。お一人は昨日登頂を果たした後で谷道に迷いこみ、一晩歩き続けていたということでした。他の二組はジライ谷ルートから逸れてしまったようです。この雨は夕方やっと止んで、真っ赤な夕陽がみられました。 翌朝は早朝から冬瓜山の稜線にでます。ここでも目の前に白山が大きくみえました。前日は分からなかったのですがポツポツとテントが散見されます。みんなもう出発しているのです。それどころではありません。7時前に稜線に立つとすぐにジライ谷からの登山者が追いつき追いぬいて行きます。いったい何時に出発したのでしょうか。でもそうしたくなるような雨上がりの好天なのです。冬瓜山の登りはヤブと鎖場の急登、それから有名なナイフリッジです。ナイフリッジには既に雪がなく、アイゼンさえ脱いでいれば、ストックでバランスをとり簡単に越えることができました。その先は頂上まで雪がつくのでアイゼンを使いましょう。 シリタカ山では既にパテていましたが、右手に北アルプスの白い嶺峰が登山者を慰めてくれます。ここで2年前西小石岳で会ったカップルと再会しました。お互いに覚えていたのはそもそも西小石岳を目指す人など滅多にいないからです。この山は南アルプス悪沢岳から北西に延びる稜線上の衛星峰です。ルートはハイマツに覆われた尾根ですが、悪沢岳頂上が登山者でごった返しているときも全くの静寂の地で、しかも足の踏み場がないほど高山植物で埋め尽くされていました。
閑話休題、シリタカ山から2度ほど下って登り返すと黒々とした巨大三角岩が近づきます。ここで短いヤブをかきわけて三角岩を左から巻きます。このあたりはちょうど左の谷の源頭部をトラバースすることになるようです。危険を感じるところはありませんが、疲れを感じたところで、下山者とのすれ違いがはじまるのが、辛いところです。しかしここを耐えて県境尾根に上り詰めるとすぐに小笈につきます。そこからは稜線の岐阜県側を一投足で笈ヶ岳山頂、1841mです。なんとか午前中に着くことができました。
気温が上がってきて、春霞に揺れる大笠山が目の前にあります。だいぶん雪が減り、山体にいく本かの雪崩跡がみえます。ここまで来た多くの登山者が、大笠、奈良岳、ブナオ峠へと縦走に心を馳せる瞬間です。ふりかえるとこれまで歩いてきた尾根の向こうに、変わらぬ白さで白山の巨大な山体が望めました。頂上には昨日猿ヶ馬場山に登ってきたという男性、さらにアイゼンなしで登ってきた別の男性がいます。早朝は凍結した雪を蹴り込んで辛うじて上がってきたといいます。それでもかなりの登山者を追い抜いてきたらしいのですが、結局その後登頂してきた人はいませんでした。ジライ谷コースはハードなので、かなりの方が自己判断で引き返されたようです。午後に上がってきたのは、唯一NHK金沢支局のクルーだけ。彼らも冬瓜平に幕営していて、取材内容は50分番組に編集のうえ5月14日にローカルで放送するそうです。
さて我々もそうゆっくりもできません。帰りもヤブにつかまりました。それに日射しが強く思ったより水の消費が激しいため辛いおもいをしましたが、冬瓜平で静かな夕暮れを迎えることができました。
帰りは往路を忠実にピストンすることにしましたが、翌日5月5日は終日雨になりました。雪にはなりませんでしたが、冷たい雨に濡れて歩きました。たった二日でも雪が融けて、行きと同じルートとはおもえません。ガスも濃く1271ピーク手前でルートをはずしてしまいました。途中で気づいて尾根に復帰しましたが、はずれたエリアにもしっかりした踏み跡がありました。多分これは右手の谷筋に下っていくルートのようです。怖いことです。
霧のブナオ山にもう一度テントを張り、翌朝天気は回復していました。白山が大きくみえます。ここはまだまだ雪の世界でしたが、よくみればこぶしのつぼみがふくらみ、マンサクが小さな花をいっぱいつけていました。笈、大笠に最後の別れを告げて下ります。カタクリは1000m付近が最盛期でした。下るとともに初夏が目覚め、数時間後むせかえる緑のなかにもどりました。
【 山 域 】両白山地
【メンバー】夫婦
【 天 候 】快晴と雨が交互に
【 ルート 】一里野温泉→ブナオ山→冬瓜平→笈ヶ岳(往復)
このGWは日頃行き慣れない谷川連峰を歩いてみたいと計画を温めていました。土合から巻機山までの縦走なのですが、春の声が近づくとともにネット上には不穏な気配が…。寡雪である、ヤブがいっぱいでている、クラックのオンパレド、猛烈な踏み抜き地獄、落ちたら背が立たない等々。…でこっちにしました、笈ヶ岳。
ただこの時期はジライ谷コースからの日帰り登山者がいっぱいです。なんでもこっちはかなりのハードコースらしいので、おそらく健脚者が多いのでしょう。かれらのペースには合わせられませんし、できれば迷惑をかけたくもないものです。そこで少し長距離になりますが、一里野温泉スタートのブナオ山経由としました。このコースは、ガイドブックにも載っているいわゆる一般ルートということになります。でも途中の道標といえば笈ヶ岳山頂標のみですし、ブナオ山を下りきったあたりからはヤブがコースを覆い尽くしてルートがなくなっています。つまり実質的にはバリエーションルートといってよいコースです。気をつけて歩きましょう。
さて小松方面からR360を走り、一里野集落の手前から左の側道をほんのわずか下ると小さな広場があり車数台は止められそうです。階段を下り吊り橋で尾添川を渡るところから歩き始めます。ここから尾根に乗るまでは北陸電力の敷地を無断使用させていただくのですが、そのほとんどは中宮発電所導水管の作業階段歩きです。導水管はなんでも600段以上あるとかで、新緑のなか天を衝くようにのびています。数えるのも消耗しますし、こここそはこのコースのハイライトなのだとマゾヒスティックに耐えるしかありません。
ところがその路半ばあたりで、両側の日当たりのよい斜面にポツリポツリとカタクリの花が目立ってきたことに気づきました。しかも歩くうちに花はどんどん増え、なんとあたり一面赤紫のカタクリに覆い尽くされてしまったではありませんか。標高670mあたりで尾根に乗り登山道に入ります。左が植林帯、右が新緑の広葉樹林です。倒木はあるもののヤブはなくしっかりした道です。800m辺りで急登になりますが、カタクリの群落は傾斜がいったんおちつく950m辺りまで続きました。日射しを浴び微風に揺れるカタクリの姿は、両手を頭の上で思い思いに振っている人間みたいにみえます。まるで我が世の春を唄う琉球貴族の宴がカチャーシーで大団円を迎えるかのようです。これだけでも十分見ごたえがあります。
1100mを越えるともう一度急登になり、頂上直下でようやく雪が連なるようになってきます。1250mで尾根を右に回り込んで雪を背負いこんだブナオ山頂上に着きました。ここまで標準的なコースタイムで2.5時間くらいでしょうか…我々はここで幕を張ります。
この山の頂上部分は、北東に長く延びていて、その端っこが展望に恵まれているようです。左右に尾根を広げた白山北面に向きあってテントを張りました。
去年のGWにこの山頂では男性が亡くなっています。私は別の山域に入山していて知らなかったのですが、テント内で火器を使用中眠ってしまい一酸化炭素中毒死されたと推測されているそうです。自分と同世代で、たまたま同じ職業だったこともあり火をつかうのに逡巡しましたが、やはり寒さには勝てずテント内で火をおこしました。ブナオ山には帰りにも立ち寄りましたが、頂上から白山に向かって白いバラとニッカウヰスキーが手向けられていました。合掌。
さてここからは尾根伝いに冬瓜平をめざします。ブナオ山から北東にのびる尾根を下るところまでは雪が繋がっていましたが、その先がヤブコギです。部分的に濃密なところがあって稜線は歩けず、トラバースする場面もありました。そのうえあいにく途中から雨も降り出し、一時はガスですぐ目の前が見えない状態です。そのせいもあってか途中で出会った3組7人は全て道迷い組でした。お一人は昨日登頂を果たした後で谷道に迷いこみ、一晩歩き続けていたということでした。他の二組はジライ谷ルートから逸れてしまったようです。この雨は夕方やっと止んで、真っ赤な夕陽がみられました。 翌朝は早朝から冬瓜山の稜線にでます。ここでも目の前に白山が大きくみえました。前日は分からなかったのですがポツポツとテントが散見されます。みんなもう出発しているのです。それどころではありません。7時前に稜線に立つとすぐにジライ谷からの登山者が追いつき追いぬいて行きます。いったい何時に出発したのでしょうか。でもそうしたくなるような雨上がりの好天なのです。冬瓜山の登りはヤブと鎖場の急登、それから有名なナイフリッジです。ナイフリッジには既に雪がなく、アイゼンさえ脱いでいれば、ストックでバランスをとり簡単に越えることができました。その先は頂上まで雪がつくのでアイゼンを使いましょう。 シリタカ山では既にパテていましたが、右手に北アルプスの白い嶺峰が登山者を慰めてくれます。ここで2年前西小石岳で会ったカップルと再会しました。お互いに覚えていたのはそもそも西小石岳を目指す人など滅多にいないからです。この山は南アルプス悪沢岳から北西に延びる稜線上の衛星峰です。ルートはハイマツに覆われた尾根ですが、悪沢岳頂上が登山者でごった返しているときも全くの静寂の地で、しかも足の踏み場がないほど高山植物で埋め尽くされていました。
閑話休題、シリタカ山から2度ほど下って登り返すと黒々とした巨大三角岩が近づきます。ここで短いヤブをかきわけて三角岩を左から巻きます。このあたりはちょうど左の谷の源頭部をトラバースすることになるようです。危険を感じるところはありませんが、疲れを感じたところで、下山者とのすれ違いがはじまるのが、辛いところです。しかしここを耐えて県境尾根に上り詰めるとすぐに小笈につきます。そこからは稜線の岐阜県側を一投足で笈ヶ岳山頂、1841mです。なんとか午前中に着くことができました。
気温が上がってきて、春霞に揺れる大笠山が目の前にあります。だいぶん雪が減り、山体にいく本かの雪崩跡がみえます。ここまで来た多くの登山者が、大笠、奈良岳、ブナオ峠へと縦走に心を馳せる瞬間です。ふりかえるとこれまで歩いてきた尾根の向こうに、変わらぬ白さで白山の巨大な山体が望めました。頂上には昨日猿ヶ馬場山に登ってきたという男性、さらにアイゼンなしで登ってきた別の男性がいます。早朝は凍結した雪を蹴り込んで辛うじて上がってきたといいます。それでもかなりの登山者を追い抜いてきたらしいのですが、結局その後登頂してきた人はいませんでした。ジライ谷コースはハードなので、かなりの方が自己判断で引き返されたようです。午後に上がってきたのは、唯一NHK金沢支局のクルーだけ。彼らも冬瓜平に幕営していて、取材内容は50分番組に編集のうえ5月14日にローカルで放送するそうです。
さて我々もそうゆっくりもできません。帰りもヤブにつかまりました。それに日射しが強く思ったより水の消費が激しいため辛いおもいをしましたが、冬瓜平で静かな夕暮れを迎えることができました。
帰りは往路を忠実にピストンすることにしましたが、翌日5月5日は終日雨になりました。雪にはなりませんでしたが、冷たい雨に濡れて歩きました。たった二日でも雪が融けて、行きと同じルートとはおもえません。ガスも濃く1271ピーク手前でルートをはずしてしまいました。途中で気づいて尾根に復帰しましたが、はずれたエリアにもしっかりした踏み跡がありました。多分これは右手の谷筋に下っていくルートのようです。怖いことです。
霧のブナオ山にもう一度テントを張り、翌朝天気は回復していました。白山が大きくみえます。ここはまだまだ雪の世界でしたが、よくみればこぶしのつぼみがふくらみ、マンサクが小さな花をいっぱいつけていました。笈、大笠に最後の別れを告げて下ります。カタクリは1000m付近が最盛期でした。下るとともに初夏が目覚め、数時間後むせかえる緑のなかにもどりました。