寸又川右岸、静かな山
Posted: 2012年11月03日(土) 21:51
台高から連日みごとな紅葉のたよりが届き、もうお腹いっぱいという方もいらっしゃるかもしれませんが、先日南ア深南部で人知れず燃え盛る紅葉をみてきました。今年の紅葉の鮮やかさや山の深さでは台高と共通していますが、同じ紅葉でもところ変われば別腹かとおもいますので、ひとつおつきあいください。
【 日 付 】2012年10月20~26日
【 山 域 】 南ア深南部
【メンバー】夫婦
【 天 候 】雷雨あり、霧あり、そして快晴あり
【 ルート 】寸又川右岸山域グルリンポン
寸又峡から沢口山、板取山を経て山犬ノ段へ、さらにな破線ルートをたどって房小山、バラ谷ノ頭、黒法師岳、さらにその先ルートファインディングの必要な尾根を前黒法師岳から寸又峡へ下山。15年くらい前からあこがれていたルートだった。その頃のこの山域はネット情報もほんのわずかで、それがさらに妄想をかきたてていた。特に黒法師~前黒法師岳間、この季節、笹原に黄葉した巨樹が点在する姿を一度見たかった。
そこであたかも遅れてきた夏休みをとるかのような素振りで(本当は夏休みはしっかりとって、別の山に入っている、ドウモスイマセン)、念願のコースを歩くことにした。ところが決行直前の10月半ば、とんでもないこと(?)が起こって愕然とした。岳人11月号に全く同じコースが「藪山岩山読本」という特集で紹介されたのだ。ま、実際には別に愕然とすることでもなんでもないし、急にハイカーが押し寄せるはずもないのだけれど、なんとなく出鼻をくじかれたような気分で出発した。
20日朝9時頃、ゆっくりめに茨木インターから高速にのり、夕がた寸又峡に着いた。これまでも静岡側から南アルプスに入山する際、寸又峡の表示板を何度もみてきたが、実際に行くのは初めて、恥ずかしながらこれまで金嬉老事件しかイメージできていなかった。しかし実際に行ってみると山あいのしっとりとした、それでいて活気もあるいい温泉地だった。町営露天風呂は泉質がよく、有料とされる駐車場を1週間近く無料で使わせていただき、おまけに到着した日は駐車スペースにテントを張らせていただいた。
そして翌朝21日は快晴、ここから山犬ノ段までは概ねよく踏まれたハイキングコースだ。だけど長い!コースタイムで山犬ノ段まで8時間かかる。かさばる食料をつめこんだザックが肩に食い込み、歩きはじめの身体が早くもきしみだした。そのうえ18日に日帰りで沢口山に向かった若い女性が消息を絶っていて、このためこの日は早朝から捜索隊が入っていた。出発する捜索隊に何度も頭を下げていたのはご家族なのだろう、痛々しい。ボランタリーに捜索する人たちもくわわり、ルート上は緊迫、騒然としていた。
さてその沢口山は標高1425m、北東方面が切り開かれていて朝日岳の背後にそびえる大無間が見事だ。 その先縦走路は小さなアップダウンをくりかえしながら延々樹林帯を行く。展望は少ないが、色づき始めた明るい広葉樹林帯が混じり、雰囲気がよい。それでもときおり大間川対岸の山並みが垣間見えるのだが、これが後に歩くことになる黒法師~前黒法師岳の稜線なのだった。
ところで尾根歩きで気を使うのは水の確保だ。山犬ノ段から林道を1km降りると水飲み場があるという。コップまで取り付けてあり水線は細いながら安定しているらしい。しかし我々はその先の千石沢で水を得た。ただしここはかれ沢だった。水を得るにはほとんど林道近くまで降りる必要がある。山犬ノ段から南赤石林道を歩き、千石沢出会いを上がった方がよほど早い。もっとも枯れた荒れ沢を水をかついで上がるのは、どちらにしても大変にはちがいない。しかし沢の源頭部は広く平坦な笹原になっており、錦繡の桃源郷だった。一夜のテン場としてはまさに最高だったが、その夜からこの一帯は大雨になった。
翌朝は寒冷前線が通過した。もちろん停滞。それどころか雷が数時間にわたって鳴り続いた。お昼頃雨は上がったが、今度は吹き返しの北西風が一晩うなり声をあげた。幸い南東のみに開けたテン場の地形が雨風からテントを守ってくれたようだ。さて24日の太陽はその南東から上がった。風もなく、早朝から出発だ。稜線を千石平、鋸山と進み、尾根が広がるといよいよ笹原に立ち枯木、風倒木の世界になった。踏み跡は不明瞭なケモノ道の錯綜になり、静かなザ・深南部に突入だ。標高は1700m台で、紅葉はほぼその盛りだった。冷気が吹き抜ける房小山を過ぎ、二重稜線のなか明るい笹原を行く。とにかく気分よく歩けるのだ、疲れるけど。陽が傾くころようやくバラ谷ノ頭が近づいた。笹原の先、はるか南西に太平洋が鈍く西日を浴びているのが見えた。 さてバラ谷の頭は本邦最南の2000m峰で、その旨書かれた標識もある。最南西の2000m峰は三ノ峰なのだからどうも話はややこしい。実はここは本コース一番の展望地のはずだったのだが、着いた頃には夕霧が押し寄せていた。残念ながら遠目がきかない。いや、展望どころではない、この後は釣瓶落としの太陽と競走で、黒法師とのコルに駆け下るのみ。それにしてもとんでもない急坂だった。それも左側は大きく崩れている。笹原をほとんど滑り降りるように降りていくと、鹿のご遺体に出くわしたりしてなかなかワイルドだ。ただ下る途中ふいにガスが流れ、紅葉とガスが真っ赤に染まった。思わず立ち止り、何度もシャッターを切った。
下のコルは黒バラ平と呼ばれ、水場も近く深南部の別天地の一つとされている。しかし今回に限っては水が遠かった。脆い急坂を15分ほど下ってやっと谷筋の水を得たが、帰路はヘッデンのお世話になった。このあたりで1800m台、既に紅葉は盛りを過ぎていた。翌日、霧が流れ、ときどき日差しが戻るなか、笹をつかんで黒法師岳に這いあがった。
ここは以前等高尾根から来たことがある懐かしい場所だ。有名な×印の一等三角点も健在だった。さてここからの下りは頂上から尾根の視認がきかないので、方向をみさだめて降りて行くことになる。岳人誌にはこのコースを「地形図には登山道がしっかり記されているが、そんなものは皆無」、「下る方向に踏み跡も目印もない。山の様子を窺いながら、目標のコルをめざした」とある。しかし実際には頂上直下からしっかりとした踏み跡があり、要所要所には少し古いものだが、緑テープがつけられていた。 倒木が埋まる小ピークをいくつも越え、尾根が広がったところで幕を張った。ここでは既にだいぶん遠くなった黒法師が、緊張した三角錐をひきしぼり、北には遠く光、茶臼、聖がみえた。暗くなって寝る前に外に出たら、そこは月光の世界で、満月にはまだ5日ほどあったのだが、周りの倒木や立ち枯れを白々と照らしていた。寒かったがまるで夢のような世界で、こんなところで鹿がダンスすればどうだろうと思った。でもなぜかその夜は鹿の鳴き声すらきかなかった。アルコールはすでに切れていた。縦走だからと60度の「どなん」を大量に持ち込んだのだが、初日寸又峡の駐車場でその4割を飲んでしまったのだ。こんな飲み方をして、翌朝平気で歩ける自分がなんだか恐ろしい。この夜は空になったアルコール用ポットに水を入れてシェークして飲んでみた。やっぱりただの水だった。南の方に街の明かりがつながっているのがみえた。
26日の朝になった。快晴だ。ここからもう一つのお楽しみポイント、巨樹点在の広い笹原歩きが始まる。木々は太くねじれ、朝の斜光を浴びて無数の葉が黄金色に輝いている。至福の刻だった。なんだか我慢して声をださないようにしないといけないような気持ちがした。浮かれた声を上げると、この美しい世界がパチンと消えてしまいそうな危うさがあった。 ヘリポート平を過ぎ、前黒法師岳への急登にとりついた。そこはしっかりとしたコースだった。岳人誌には「前黒法師岳への直登は藪が濃く、前が見えないほどだ」とあるが、黒木林の林床は概ね美しいイワカガミで覆われ、藪は全くなかった。頂上には午前10時半に着いた。まもなく寸又峡からのピストンの方が到着し、山にまったり浸りこめる時間はここで終わった。後は長い長い樹林帯の下りを淡々と歩くだけだった。途中の1200m付近で突然目の前に対岸朝日岳の巨体が見えた。大変な迫力で驚いた。
下山して寸又峡で町営の露天風呂に入らせてもらい、1300円のシカ肉定食を食べて帰った。お風呂で汚れを洗い落としたら、今度は明日の仕事の段取りが頭に戻ってしまった。
おしまい。
【 日 付 】2012年10月20~26日
【 山 域 】 南ア深南部
【メンバー】夫婦
【 天 候 】雷雨あり、霧あり、そして快晴あり
【 ルート 】寸又川右岸山域グルリンポン
寸又峡から沢口山、板取山を経て山犬ノ段へ、さらにな破線ルートをたどって房小山、バラ谷ノ頭、黒法師岳、さらにその先ルートファインディングの必要な尾根を前黒法師岳から寸又峡へ下山。15年くらい前からあこがれていたルートだった。その頃のこの山域はネット情報もほんのわずかで、それがさらに妄想をかきたてていた。特に黒法師~前黒法師岳間、この季節、笹原に黄葉した巨樹が点在する姿を一度見たかった。
そこであたかも遅れてきた夏休みをとるかのような素振りで(本当は夏休みはしっかりとって、別の山に入っている、ドウモスイマセン)、念願のコースを歩くことにした。ところが決行直前の10月半ば、とんでもないこと(?)が起こって愕然とした。岳人11月号に全く同じコースが「藪山岩山読本」という特集で紹介されたのだ。ま、実際には別に愕然とすることでもなんでもないし、急にハイカーが押し寄せるはずもないのだけれど、なんとなく出鼻をくじかれたような気分で出発した。
20日朝9時頃、ゆっくりめに茨木インターから高速にのり、夕がた寸又峡に着いた。これまでも静岡側から南アルプスに入山する際、寸又峡の表示板を何度もみてきたが、実際に行くのは初めて、恥ずかしながらこれまで金嬉老事件しかイメージできていなかった。しかし実際に行ってみると山あいのしっとりとした、それでいて活気もあるいい温泉地だった。町営露天風呂は泉質がよく、有料とされる駐車場を1週間近く無料で使わせていただき、おまけに到着した日は駐車スペースにテントを張らせていただいた。
そして翌朝21日は快晴、ここから山犬ノ段までは概ねよく踏まれたハイキングコースだ。だけど長い!コースタイムで山犬ノ段まで8時間かかる。かさばる食料をつめこんだザックが肩に食い込み、歩きはじめの身体が早くもきしみだした。そのうえ18日に日帰りで沢口山に向かった若い女性が消息を絶っていて、このためこの日は早朝から捜索隊が入っていた。出発する捜索隊に何度も頭を下げていたのはご家族なのだろう、痛々しい。ボランタリーに捜索する人たちもくわわり、ルート上は緊迫、騒然としていた。
さてその沢口山は標高1425m、北東方面が切り開かれていて朝日岳の背後にそびえる大無間が見事だ。 その先縦走路は小さなアップダウンをくりかえしながら延々樹林帯を行く。展望は少ないが、色づき始めた明るい広葉樹林帯が混じり、雰囲気がよい。それでもときおり大間川対岸の山並みが垣間見えるのだが、これが後に歩くことになる黒法師~前黒法師岳の稜線なのだった。
ところで尾根歩きで気を使うのは水の確保だ。山犬ノ段から林道を1km降りると水飲み場があるという。コップまで取り付けてあり水線は細いながら安定しているらしい。しかし我々はその先の千石沢で水を得た。ただしここはかれ沢だった。水を得るにはほとんど林道近くまで降りる必要がある。山犬ノ段から南赤石林道を歩き、千石沢出会いを上がった方がよほど早い。もっとも枯れた荒れ沢を水をかついで上がるのは、どちらにしても大変にはちがいない。しかし沢の源頭部は広く平坦な笹原になっており、錦繡の桃源郷だった。一夜のテン場としてはまさに最高だったが、その夜からこの一帯は大雨になった。
翌朝は寒冷前線が通過した。もちろん停滞。それどころか雷が数時間にわたって鳴り続いた。お昼頃雨は上がったが、今度は吹き返しの北西風が一晩うなり声をあげた。幸い南東のみに開けたテン場の地形が雨風からテントを守ってくれたようだ。さて24日の太陽はその南東から上がった。風もなく、早朝から出発だ。稜線を千石平、鋸山と進み、尾根が広がるといよいよ笹原に立ち枯木、風倒木の世界になった。踏み跡は不明瞭なケモノ道の錯綜になり、静かなザ・深南部に突入だ。標高は1700m台で、紅葉はほぼその盛りだった。冷気が吹き抜ける房小山を過ぎ、二重稜線のなか明るい笹原を行く。とにかく気分よく歩けるのだ、疲れるけど。陽が傾くころようやくバラ谷ノ頭が近づいた。笹原の先、はるか南西に太平洋が鈍く西日を浴びているのが見えた。 さてバラ谷の頭は本邦最南の2000m峰で、その旨書かれた標識もある。最南西の2000m峰は三ノ峰なのだからどうも話はややこしい。実はここは本コース一番の展望地のはずだったのだが、着いた頃には夕霧が押し寄せていた。残念ながら遠目がきかない。いや、展望どころではない、この後は釣瓶落としの太陽と競走で、黒法師とのコルに駆け下るのみ。それにしてもとんでもない急坂だった。それも左側は大きく崩れている。笹原をほとんど滑り降りるように降りていくと、鹿のご遺体に出くわしたりしてなかなかワイルドだ。ただ下る途中ふいにガスが流れ、紅葉とガスが真っ赤に染まった。思わず立ち止り、何度もシャッターを切った。
下のコルは黒バラ平と呼ばれ、水場も近く深南部の別天地の一つとされている。しかし今回に限っては水が遠かった。脆い急坂を15分ほど下ってやっと谷筋の水を得たが、帰路はヘッデンのお世話になった。このあたりで1800m台、既に紅葉は盛りを過ぎていた。翌日、霧が流れ、ときどき日差しが戻るなか、笹をつかんで黒法師岳に這いあがった。
ここは以前等高尾根から来たことがある懐かしい場所だ。有名な×印の一等三角点も健在だった。さてここからの下りは頂上から尾根の視認がきかないので、方向をみさだめて降りて行くことになる。岳人誌にはこのコースを「地形図には登山道がしっかり記されているが、そんなものは皆無」、「下る方向に踏み跡も目印もない。山の様子を窺いながら、目標のコルをめざした」とある。しかし実際には頂上直下からしっかりとした踏み跡があり、要所要所には少し古いものだが、緑テープがつけられていた。 倒木が埋まる小ピークをいくつも越え、尾根が広がったところで幕を張った。ここでは既にだいぶん遠くなった黒法師が、緊張した三角錐をひきしぼり、北には遠く光、茶臼、聖がみえた。暗くなって寝る前に外に出たら、そこは月光の世界で、満月にはまだ5日ほどあったのだが、周りの倒木や立ち枯れを白々と照らしていた。寒かったがまるで夢のような世界で、こんなところで鹿がダンスすればどうだろうと思った。でもなぜかその夜は鹿の鳴き声すらきかなかった。アルコールはすでに切れていた。縦走だからと60度の「どなん」を大量に持ち込んだのだが、初日寸又峡の駐車場でその4割を飲んでしまったのだ。こんな飲み方をして、翌朝平気で歩ける自分がなんだか恐ろしい。この夜は空になったアルコール用ポットに水を入れてシェークして飲んでみた。やっぱりただの水だった。南の方に街の明かりがつながっているのがみえた。
26日の朝になった。快晴だ。ここからもう一つのお楽しみポイント、巨樹点在の広い笹原歩きが始まる。木々は太くねじれ、朝の斜光を浴びて無数の葉が黄金色に輝いている。至福の刻だった。なんだか我慢して声をださないようにしないといけないような気持ちがした。浮かれた声を上げると、この美しい世界がパチンと消えてしまいそうな危うさがあった。 ヘリポート平を過ぎ、前黒法師岳への急登にとりついた。そこはしっかりとしたコースだった。岳人誌には「前黒法師岳への直登は藪が濃く、前が見えないほどだ」とあるが、黒木林の林床は概ね美しいイワカガミで覆われ、藪は全くなかった。頂上には午前10時半に着いた。まもなく寸又峡からのピストンの方が到着し、山にまったり浸りこめる時間はここで終わった。後は長い長い樹林帯の下りを淡々と歩くだけだった。途中の1200m付近で突然目の前に対岸朝日岳の巨体が見えた。大変な迫力で驚いた。
下山して寸又峡で町営の露天風呂に入らせてもらい、1300円のシカ肉定食を食べて帰った。お風呂で汚れを洗い落としたら、今度は明日の仕事の段取りが頭に戻ってしまった。
おしまい。
寸又峡から沢口山、板取山を経て山犬ノ段へ、さらにな破線ルートをたどって房小山、バラ谷ノ頭、黒法師岳、さらにその先ルートファインディングの必要な尾根を前黒法師岳から寸又峡へ下山。15年くらい前からあこがれていたルートだった。その頃のこの山域はネット情報もほんのわずかで、それがさらに妄想をかきたてていた。特に黒法師~前黒法師岳間、この季節、笹原に黄葉した巨樹が点在する姿を一度見たかった。