【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

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【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

投稿記事by 雨子庵 » 2016年12月09日(金) 19:40

冬が来て山の神の季節です。少しずつ現在のカレンダーにアレンジされて(12月の第1日曜とか)ナカナカこちらの日程が合わいけど、正式な日付は櫛田川源流は12月7日(それに加えて年末、1月7日も実施するところあります)。庵の谷の木下山のヤッチャンに聞くと、『おお、うちは12月7日やぞ。そしたら庵の谷作業広場に8時集合な』ということで今年もおじゃますることに・・・。

【日付】2016年12月7日
【山域】櫛田川水系蓮川庵の谷
【メンバー】雨子庵&杣人のお歴々
【天候】快晴

庵の谷木下山の『山の神』は10分ほどの急登が必要。植林地の中に、アンコールワットのような巨石があり、その陰にある。お不動さんと並んで設置してあるが、下から行くとまずはお不動さん。着いた着いたと思ってると、前のほうでユキチャンが小さな奇声をあげる『おい、山の神がおらんぞ(無いぞ)』『?』。覗くと確かに祠が無い!

『探せ探せ』場所は急斜面なので当然下を探すと、ありました、50m以上も下の斜面に。

運び上げて応急処置。中に『昭和49年12月吉日 中栃昇介』の墨書きが。『こんなこと40年経つけど1回も無いぞ』とヤッチャン。けれど、多少割れているところはあったがほとんど原型を留めていた。ホゾ組みで作られているのも良かったのか?
前回登るのに多少苦労したショウチャンも今日は体調良さげ。見つかったことに一安心している。
お神酒で清めなおして仮設置。・・・・小さいながらもこれだけのもの作れるヒトまだ近くにいるのかな?

作業広場に降りて、お供えしたお神酒のおすそ分けをいただく。
今回もイロイロ山の話を聞く。先日江馬小屋から登ったことを話すと、そこの捜索も入ったとのこと。道理でナンノキ平下のルートテープに『木下』の署名があるはずだ。
『小森のヤッサン知っとるやろ』
『ハイッ、知ってます。この秋に林道に木が倒れて車が通行不能になったとき、トラックのクレーンであっという間に木をどけてくれました』
『あのヒトのおかあさん、今107歳。庵の谷の奥の平に住んでて、炭焼きやってたとこの娘や。小さいころあそこから学校通っとたっぞ』
ああっ、いろいろ歴史があるなぁ。

『おっ、もう4時だ、寒いから帰ろ』
山の神の日は山仕事は休む。
こんな1日が大切ですよね。

あめちゃん
雨子庵
 
記事: 325
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Re: 【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

投稿記事by わりばし » 2016年12月10日(土) 07:14

おはようございます、雨子庵さん。

運び上げて応急処置。中に『昭和49年12月吉日 中栃昇介』の墨書きが。『こんなこと40年経つけど1回も無いぞ』とヤッチャン。けれど、多少割れているところはあったがほとんど原型を留めていた。ホゾ組みで作られているのも良かったのか?

よくぞ御無事で・・良かったですね。
中に花崗岩が入っていましたよね。
木組みは強いんだなあ。 :idea:

中栃村出身の人が作ったのかあ。

『小森のヤッサン知っとるやろ』
『ハイッ、知ってます。この秋に林道に木が倒れて車が通行不能になったとき、トラックのクレーンであっという間に木をどけてくれました』
『あのヒトのおかあさん、今107歳。庵の谷の奥の平に住んでて、炭焼きやってたとこの娘や。小さいころあそこから学校通っとたっぞ』
ああっ、いろいろ歴史があるなぁ。

あらまあご存命で・・・
その方の息子さんに私たちは助けられたのかあ
人の縁とは不思議なものだなあ。

『おっ、もう4時だ、寒いから帰ろ』
山の神の日は山仕事は休む。
こんな1日が大切ですよね。

コンビニ文化の拡散で
いろんなものが変わっていくけど
いつまでも残したい日本の文化です。

                       わりばし
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Re: 【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

投稿記事by 雨子庵 » 2016年12月10日(土) 19:24

わりばしさん オヒサです
あめちゃんです

よくぞ御無事で・・良かったですね。
中に花崗岩が入っていましたよね。
木組みは強いんだなあ。 :idea:


あまり大きな声では言えませんが・・・。中の岩は吹っ飛んでました・・・。帰りに捜索したのですが、想像つくと思いますが、斜面はそれらしき岩だらけで、途中で私が誤って足元の岩を落とすと、それがゴロゴロゴロ~とずいぶん下まで転がっていき、それを合図にするかのように『まあ、アキラメヨ』とアイなりました。

中栃村出身の人が作ったのかあ。

詳しくは?ですが、青田の大工さんとのことです。

あらまあご存命で・・・
その方の息子さんに私たちは助けられたのかあ
人の縁とは不思議なものだなあ。

私も、ヨモヤこんなところでつながるとは・・・。

コンビニ文化の拡散で
いろんなものが変わっていくけど
いつまでも残したい日本の文化です。


たぶん日本の正しい伝統は、動植物の絶滅危惧種のように知らず知らずに絶滅していくんでしょうね・・・。
何とかしないと・・・オチャケが呑めなくなりますね :mrgreen:

あめちゃん

                    
雨子庵
 
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Re: 【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

投稿記事by zipp » 2016年12月11日(日) 00:22


 あめちゃん、こんばんは。

冬が来て山の神の季節です。少しずつ現在のカレンダーにアレンジされて(12月の第1日曜とか)ナカナカこちらの日程が合わいけど、正式な日付は櫛田川源流は12月7日(それに加えて年末、1月7日も実施するところあります)。
 わが、山村集落も同じでした・・・。
 山ノ神の日には、山仕事は休み、ちょっとした供え物。
それでわたしが知る何年も過ぎていきました。
 しかし、こちらに帰ってきたら、お稲荷さんの神社前に山の神の祠が新設されて、12月7日直近の日曜日に以前に比べたら集落あげての餅まきをつくり盛大な山の神の祭りがおこなわれるようになってました。
 オイラのノラ倉庫は、その山の神のある祠の丘の前にあるので、朝からいろいろ利用もあって、この4日は朝から酒まみれですた(^^;。
 これがいいのかようわからないけど、この山村でも山仕事に従事する人は僅かになり、そういった人たちじゃない人が餅拾いに訪れて、山の神を知るいい機会でもあるのかなぁっと。

前のほうでユキチャンが小さな奇声をあげる『おい、山の神がおらんぞ(無いぞ)』『?』。覗くと確 かに祠が無い!
 風当たりも少なさそうな祠なのになんで落ちちゃったんでしょ?

運び上げて応急処置。中に『昭和49年12月吉日 中栃昇介』の墨書きが。
 青田中栃村の出身者の方でしょうね。


小森のヤッサン知っとるやろ』
『ハイッ、知ってます。この秋に林道に木が倒れて車が通行不能になったとき、トラックのクレーンであっという間に木をどけてくれました』
『あのヒトのおかあさん、今107歳。庵の谷の奥の平に住んでて、炭焼きやってたとこの娘や。小さいころあそこから学校通っとたっぞ』
ああっ、いろいろ歴史があるなぁ。

 闇鍋の帰り道、林道では助けてもらいました。「小森のやっさん」感謝です。
う~ん、雨子庵さんの画像のコメだと、迷い大池の窯跡のダイラになっちゃうけど、やっぱ庵の谷の谷の分岐した真ん中のダイラじゃないのかな?
ここは山腹両方向に道があり、それに祠跡を思はせる石段があるし。
 以前にそこへ到達する道は入ろうとして、木下さんの伐採現場で車を退かせてもらったんだけど、「そんなところに道は無い!」と事もなげに言われちゃいました!!
まぁ一般登山者対応だったと思ってますけど(^^;。

   zipp
zipp
 
記事: 1165
登録日時: 2011年3月09日(水) 22:49

Re: 【台高】櫛田川源流の山の神は12月7日です

投稿記事by 雨子庵 » 2016年12月12日(月) 15:36

zippさんへ オヒサです
あめちゃんです

 しかし、こちらに帰ってきたら、お稲荷さんの神社前に山の神の祠が新設されて、12月7日直近の日曜日に以前に比べたら集落あげての餅まきをつくり盛大な山の神の祭りがおこなわれるようになってました。
 オイラのノラ倉庫は、その山の神のある祠の丘の前にあるので、朝からいろいろ利用もあって、この4日は朝から酒まみれですた(^^;。
 これがいいのかようわからないけど、この山村でも山仕事に従事する人は僅かになり、そういった人たちじゃない人が餅拾いに訪れて、山の神を知るいい機会でもあるのかなぁっと。


私もこの考えに賛成です。日にちの固定も大切ですが、伝承を優先に考えるべきだと思います。そこで説明すればよいだけですので。飯高町の森の集落の山の神も近い日曜日、そのチョイ下流の宮本の子供たちが木でクワとかスキをつくる山の神も日曜だったと思います。・・・ただ、去年森の集落のお祈り(これは男衆だけで)のあとの餅まき、誰でも参加できるのですが、女性陣に混じり子供がたった一人だったのは、声には出しませんでしたが心底驚きました。

 風当たりも少なさそうな祠なのになんで落ちちゃったんでしょ?

祠の前面にお供えを置くテラス状の張り出しもついていたのですが、それだけが折れて(割れて)近くに落ちてました。上から落石かなんかがそれに直撃破損、勢いで祠本体が前に吹っ飛ばされコロコロリン・・・。こんな感じではと。あそこ、窪みはあるのですが、上は一部ホボノーガード。

う~ん、雨子庵さんの画像のコメだと、迷い大池の窯跡のダイラになっちゃうけど、やっぱ庵の谷の谷の分岐した真ん中のダイラじゃないのかな?
ここは山腹両方向に道があり、それに祠跡を思はせる石段があるし。


・・・・。これは、話す方も聞く方もアルコール指数が高めでしたのでお許しを。
一応私も『あの左の方?』と大きな声で聞いたら、『おおっ、あの左のほうや、見えんけどな!』と大きな声で言われました。

 以前にそこへ到達する道は入ろうとして、木下さんの伐採現場で車を退かせてもらったんだけど、「そんなところに道は無い!」と事もなげに言われちゃいました!!
まぁ一般登山者対応だったと思ってますけど(^^;。


ウフフ、そんな話(違うかも)出ましたよ。もう少し上で林道の左に枝道がありますが、
『あめちゃんよう、枝道林道の終点のあんなとこからでも入っていく衆がおるぞ』 :(
『ハイ、仲間はそんな人ばっかりです』 :)
『ほうなんか、変わっとるのう、まあ呑め呑め』 :lol:

あめちゃん
雨子庵
 
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