芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

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wanko
記事: 5
登録日時: 2014年9月25日(木) 21:59

芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

投稿記事 by wanko » 2014年9月26日(金) 02:03

やぶこぎねとのみなさまへ。
私は縁あって京大芦生研究林の「上谷」地区で、ショウキ蘭の生態調査研究を三年前から行っています。
少し前に、美山トレイルについて話題になっていましたが、あの件の裏で、国が主導する大きな動きがあることが明らかになりました。
9月4日、研究林のある南丹市美山町の「国定公園化」について住民説明会が行われたのです。
その中で、京都府案として、京大芦生研究林敷地を、これまでの教育研究施設の位置づけではなく、今後は「ハイキング、風景探勝、自然観察の中核となる観光施設」として位置づける案が示されました。
加えて、観光名所にできそうな植生(シャクナゲとか)について情報提供を求めてきました。
観光地化の方法として、貴重な自然の残る上谷に、「自然の危険性に注意を払う必要のない程の安全性のある道」すなわち、スニーカーでハイキングできる自然探勝路(遊歩道)を建設しようという案も含まれています。

芦生は鹿の食害のため、下層植生が危機的な状況に貧しています。しかし地下にはまだ、ショウキ蘭をはぐくむことのできる菌類の豊かな環境が残されています。ここに遊歩道を通せば、京都府レッドデータブック絶滅危惧種第2類のショウキ蘭、キヨスミウツボなどの腐生植物は壊滅的な打撃を受けます。

緊急で申し訳ありませんが、第一回目の意見集約として、9月30日までに意見を、南丹市美山支所地域総務課に集約することになっています。
芦生研究林に「自然探勝路」(遊歩道)を作る計画を、計画案の段階で未然に阻止できるよう、みなさまのお力添えをいただきたく、お願い申し上げます。
詳しくは、私のサイト、
http://www.geoid.gr.jp/asyu/miyama/request.html
をご覧ください。

今回の件は、美山トレイルとレベルが全く違います。
9月5日、京都新聞に「地元の要望に基づかない異例の国主導で候補地となった」とあります。
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/arti ... 0905000042
また、わたしはこの京都新聞の記事を研究林のサイトのニュースで見たのですが、研究林で精力的に活動されている農学部のある先生は、説明会があったことすら知らされていませんでした。
地元も何もすっ飛ばして、国がアベノミクスの地方再生プランで、この地域を観光開発しようとしている、その動きに芦生が巻き込まれています。
全国のみなさまのお力添えがなければ阻止できないでしょう。
今回は、意見表明ターゲットを、南丹市、京都府としていますが、今後、環境省や国交省が戦う相手になると思います。
動きを見つけ次第、情報を共有し、共に戦いましょう。

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矢問
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登録日時: 2011年2月23日(水) 07:28
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Re: 芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

投稿記事 by 矢問 » 2014年9月27日(土) 07:52

wankoさん、はじめまして。
やぶこぎネットのみなさんのお顔は存じていますがwankoさんのお顔は存じあげませんけれども、
芦生の森でお会いしているかもしれませんね。
毎週のように芦生の森に入っておられる「芦生短信2」のFさんとはきっと森でお会いになって
いらっしゃることと推測いたします。

去年の夏に上谷を歩いたときに、大阪の高校のショウキ蘭の開花状況の観察調査ネットをいくつか見かけました。
高校の皆さんもこの遠い上谷まで来られてショウキ蘭を観察調査されているのだな、と妻と共に驚きと感動を
したものでした。

その上谷周辺は、私が芦生に通い始めた約20年前とは鹿害と共に、多くの観光団体が入って以来とても
荒廃してしまったところになってしまったと実感しています。かき分けて通った草本はなくなり、細い歩道は
行くたびに驚くように太くなり、道標までできてしまい・・・・。
本当に好きな所でしたが、いまは当時の豊かな草本類やいろんな鳥がさえずっていた魅力が本当に
無くなってしまった裸地だらけの上谷になってしまいました・・・。

大好きな芦生の森、森林生態系始めいろんな事を歴代の研究林の林長さんや技術員の方達に学ばせて頂いた芦生の森。
芦生地区の方達が昔されていた「芦生の自然を守り生かす会」があったころに私も会員となり、芦生地区の人達がこの
森を守るためにどれだけの努力と苦しい戦いをされてきたかを、会長だった方達に学び、今度は「この森になにかできる
ことをお返ししよう」と、「芦生地域有害鳥獣対策協議会」の植生調査に、南丹広域振興局の森林管理担当の方達と
ボランティア活動を続けたり、wankoさんもご存じだと思われるABCプロジェクトの先生や学生さん達の鹿の調査の
お手伝いも芦生短信2のFさんと共にさせて頂いたりしています。

ご投稿の文、そしてwankoさんの書かれた、今回の問題に関していろいろな情報を集積された各ページを
拝読させて頂きました。本当に多岐にわたり記されていて、wankoさんのこの森への思いが強く伝わってきます。
よく芦生にご一緒させて頂いているFさんの「芦生短信2(wankoさんは「芦生短針」と記されていますが)」や、
私がFさんと共に実態調査に歩いたときの私のページもリンク紹介して下さっているのですね。

やはりあそこは単なる山でも森でもありません。あの森で研究や実験をされたことが日本中の森や山の
保護や、林業そして植生はじめ自然環境の保護にも繋がっている発信源でもあると認識しています。
物質循環の、植物の「生産」-昆虫や鳥獣の「消費」-菌類の「分解」の全てが観察でき、学べる大切な地です。
山の仲間にもあの森で学んだ者が沢山いますし、前回の呼びかけや個人的な呼びかけでも多くの仲間が意見を
書いて提出して下さいました。(南丹市や観光協会からはなんの返事も頂けませんでしたが)
その後の、研究林のみなさんと観光協会等との話し合いはwankoさんのページにも記されているように、一旦白紙と
いいつつもじわじわと進行しており、解決にはまだまだほど遠い印象を私も受けました。

もちろん芦生の森周辺地区の方達からしたら私なんて地域の者でもない「外野の者」です。
wankoさんがおっしゃっている「みなさまも、最善の方法を一緒に考え提案しませんか。 私たちには意見表明しか
できませんが、そこが大切なのです。 すべてを行政・職業政治にゆだねるのではなく、ある事象に課題を感じたときに
一般市民が、 それぞれの視点で異なった意見表明を行う、個別で臨時の市民政治参加こそ、現代民主主義の本質
なのですから。」そのとおりですね。

外野の者もあの森を守るためにできることは協力したいですし、wankoさん同様にしていこうと思っています。
そしてなによりもやはり「その地に住まいする方達=有権者の方達」「芦生の森で研究された日本を代表する
ような日本中の研究者の方達」が、昔の「「芦生の自然を守り生かす会」の頃の様に「思いを1つ」にして
立ち上がって頂けないものかと願っております。

いずれ芦生の森でwankoさんにお会いできるかもしれませんね。そのときを楽しみにしております。
最後に編集したユーザー 矢問 on 2014年10月05日(日) 19:56 [ 編集 2 回目 ]
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★ 矢問(やとう)
★ http://www.komachans.com/
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HIKO
記事: 1
登録日時: 2014年10月01日(水) 08:51

Re: 芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

投稿記事 by HIKO » 2014年10月02日(木) 15:42

2014年9月26日
京都府知事 山田啓二殿
田村義彦
「由良川・桂川上中流域」の国定公園化構想についての意見
<京都大学芦生研究林を利用調整地区に指定されたい>

 私は大台ヶ原・大峰の自然を守る会会長として大台ヶ原の原生的自然の保護に40年ほど
努力してきました。また、ここ10数年は、環境省大台ヶ原自然再生推進計画評価委員会委員として利用調整地区制度発足に関わってきました。

 さて、京都府は9月4日に表題の国定公園化構想の地域分けを発表しました。この構想は、貴職が提唱する「山田啓二のビジョン きょうと大安心・大交流創造プラン」のなかの「大交流の時代を築く~世界の交流首都・京都へ」において「森の京都」」づくりを目指す方針のなかに明記されています。農家民宿、農家レストランなどの経済的一大拠点を形成するのを目的とし、京都大学芦生研究林をハイキング・風景探勝の核となる施設整備を行うとききます。

芦生は、かねてより今西錦司氏をはじめ多くの先駆的学者が「北山からヒマラヤへ」の夢をいだいて世界にはばたいた知的揺籃の地であり、京都岳人にとって聖地であります。保護されるべきその地を利用目的の国定公園に指定し、利用者の安全の美名の下に遊歩道などの過剰整備を行い、地域振興の美名の下に商業主義的登山ブームに便乗して質の低い観光客を受け入れることは、知的伝統の無視につながる由々しき暴挙であり、京都府が行なうことではありません。貴職は「ビジョン」のなかで「学術・研究の交流」のための「大学のまち京都」を謳いながら、芦生研究林の学術的歴史的評価が欠落しているのは致命的欠点であります。芦生研究林エリアを「原生的自然環境に関する教育・研究センター」と位置づけ、質の高い利用と原生的自然の保護を図るために、利用調整地区に指定して戴きたい。

 吉野熊野国立公園大台ヶ原地区においては、日本で最初の利用調整地区の運用をはじめて6年が経ちましたが、理想とする認定ガイド同伴のトレッキングが実現していません。入山者に質の高い利用を指導できる人材の確保が難しいからであります。
 一方、芦生研究林に於いてはすでにこのシステムが立派に運用されています。国定公園指定によって入山が自由になり、このシステムが瓦解することなどはあってはなりません。利用調整地区に指定して、このシステムの更なる充実を図って戴きたい。

 この国定公園構想は、京都新聞が報道した如く「地元の要望に基づかない異例の国主導で候補地」がきめられました。そのため地元美山市では事情を正確に把握できない組織の軽挙妄動がみられますが、すべての責任は貴職にあります。意見聴取にしても地元にやらせるような姑息なことは止めて、京都府自体が責任をもって広く全国民を対象にしたパブリックコメントを徴すべきであります。                    以上

zipp
記事: 1165
登録日時: 2011年3月09日(水) 22:49

Re: 芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

投稿記事 by zipp » 2014年10月05日(日) 00:15

 
 HIKOさん、こんばんは。
書込みありがとうございました。
御無沙汰してますが、先日閉鎖されたはずのサイトで新たなレポを読まさせてもらったところです(^^)。

 「芦生」、わたしも2度ほど若いころに入ってます。
春3月、雪解けの頃の芦生が脳裏に焼き付いてます。
 ダム建設に次ぐあらたな懸案がまた出て来たのですね。
自然現象である「ナラ枯れ」「鹿害」は、矢頭さんによって報告され対応されつつあるようですが、「人害」というべきこの件は、人の声で何とかなるものと思います。
 若い頃京都にいたわたしは、田舎に帰り芦浜闘争の支援に入りました。
「芦生」も「芦浜」の「芦」は、「悪し」からきているのでしょう、人が住むにとっては「アシ」。それゆえ自然の存在の反映なのだと。
芦浜闘争は、おかげさまで2000年で半世紀弱の闘争の終止符が一応打たれました。わたしは今も現地に入り続けているのですが(^^)。

 台高南部・大台ケ原周辺の探索は、これからも続けますよ(^^)。
・・・というか、レポが滞ってます(^^;。
   zipp

wanko
記事: 5
登録日時: 2014年9月25日(木) 21:59

Re: 芦生の森(研究林)を、観光地化する京都府の計画に、反対意見を表明してください。

投稿記事 by wanko » 2014年11月26日(水) 23:53

矢問さま、田村義彦さま、zippさま、そのほか記事を見て頂いたみなさまありがとうございます。
9月4日の説明会のあと情報が全く出ず、国定公園化構想がどのように進行しているのか見えてきません。
この秋、「京大の芦生OBで以前・・先生とここで研究しました」という方に上谷で出会うことが時々ありました。ところが話がこと国定公園になると、みな急に「どうなるんでしょうね」とトーンが下がるのです。私のような外部のものには分からない京大内の事情があるのでしょうか。
そう言った状況で、事情を知らない部外者が代弁するしかないと思うべきか、事情があるならそっとしておこうと思うべきか悩ましいところです。
だけれども、国定公園化が避けられない以上、その弊害から芦生の森を守るための知恵をそれぞれが考え、意見表明するしか無いとも思っています。

国定公園の根拠となる「自然公園法」。これは田村義彦様のお言葉をお借りすれば「自然公園法は、自然保護法ではありません。」につきます。
自然公園法に、「自然保護」という言葉は全く出てきません。地元協議会が観光客誘致のために、国定公園の指定を自治体に陳情するための法なのです。多くの方が誤解をもたれています。国定公園になったら自然が守られると。
本当に守るためには、「利用調整地区」に指定しなければなりません。ところがこの「利用調整地区」が指定されているのは西大台だけというのが日本の現状です。
国定公園制度の件について、
http://www.geoid.gr.jp/asyu/miyama/sizenkoenhou.html
にアップしましたので、参考にして頂ければ幸いです。

現在の研究林が入林許可制にしていることについて、みなさまが色々なご意見をお持ちなのは承知しています。この制度を国定公園化を期に法的裏付けを持って行おうといういうのが上のサイトの主旨なのでこれにも賛否両論あろうと思います。
ただ、これは山は誰のものか、我々が過去から受け継いでいる「山は皆の財産」という考えの、「皆」「財産」の意味が、ここ数十年で大きく変わってしまったことが齟齬を生み出しているのではないかと感じています。歩いて行ける範囲の「皆」が山から恵みをいただいて帰ることがずっと続けられる継続性という「財産」を共有することと、グローバリズム経済下の消費者としての「皆」が可処分資本としての「財産」を主張することとは概念が根本から違います。わたしは、前者肯定するためには、後者を否定しなければならないとの立場です。
山を観光利用する、そのための利用と保護のバランス取ると発想することは、山を可処分資本と見なし、利子を得るためには元本をどれだけ残すべきかと言う発想に等しいのではありませんか。継続性とは変化しないことに価値を見いだすことです。去年も今年も来年も同じだけ食べ物を頂ける幸せは、去年よりも今年沢山の収穫があったが翌年は失敗して破綻するかもしれないという不安付きの恍惚とは異なる価値観です。
いま、何もかもが、効率化と、成果主義によって、後者の価値観が絶対的であると押しつけられています。
そのなかで、芦生研究林という、これまで営々と受け継がれ日本に残された数少ない自然の森が、癒しのアトラクション会場として商業ベースにのせられようとしている。
それを否定するためには、「あとで皆が使えるように、傷んでいる今は使わずにおこう」という前者の価値観に切り替えるしかないのではと思います。
みなさんはどのように思いますか?

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