◆山行日 2023年8月11日〜13日
◆山域 北アルプス 湯俣川周辺
◆天候 3日間とも快晴
◆メンバー 平、育、アオバ*ト
◆ルート
8/11 七倉温泉〜高瀬ダム〜湯俣〜伊藤新道・ワリモ沢出合
8/12 ワリモ沢出合〜新第三吊橋〜槍ヶ岳展望台〜赤沢〜白い谷出合〜ワリモ沢出合
8/13 ワリモ沢出合〜湯俣〜高瀬ダム〜七倉温泉
山と高原地図には、湯俣川の噴湯丘辺りに「地獄」と言う地名が記されている。
三俣山荘のITO−SHINDO TRAIL MAP 2022には、ビバーク適地「火星」と記された場所がある。
どちらも好奇心と想像力を大きくかき立てる。
でもこの2つは、夢のアドベンチャーワールドのほんのごく一部に過ぎない。
復活途上の伊藤新道、昨年9月と10月に2回チャレンジして、2回とも「火星」付近で撤退した。
2日間の日程で、2日間では足りないとわかりつつ、行けるところまで行ってみたかった。
知人にこの伊藤新道の話をしたら、2022年9月22日付けの日経新聞の切り抜きを送ってくれた。
かつて伊藤正一さんは多くの人が歩けるように沢沿いにトラバースの道を付けて、
対岸に渡らなければならないところには吊橋をかけた。それが高瀬ダムの建設後次第に岩盤が崩れ橋は全部落ちた。
息子の伊藤圭さんが復活させようとしているのは、河原の巨石を乗り越え水線を渡渉しながら進んで尾根筋を目指す新しい伊藤新道。
かつて5つあった吊橋も3つにとどめ、極力ひとの手を加えない自然のままの道なき道を自己の力を総動員して楽しんでほしい、
というようなことが書かれていた。
元々は、伊藤正一さんが山賊(猟師たち)から麓へ下る最短の道として教えてもらった道だったそうだ。
(あらためて「黒部の山賊」を読み返すと、初めて三俣山荘で山賊に会って、帰りはこの湯俣川沿いに降りるといいと教えてもらい、
この道なき道を下りながら、自分が整備しようと思ったという一節があった。)
チャンスは思わぬところから降ってきた。
8/11から8/15の夏休み、当初5日間目一杯の別の計画があった。そこへ台風7号がやって来た。計画は変更を余儀なくされた。
しかし場所を変えて山小屋の予約を取り直すのは容易でない。5月の連休の時のようにまたテントを背負って、
テント場も予約なしで行けるところを探さなければならなくなった。
8/10朝、思い切って三俣山荘に電話してみた。
「伊藤新道、公式開通前ですが、通行してもいいですか?途中でテント張ってもいいですか?」
この夏休み、きっと水量が少ないだろうからチャンスだと思ってはいたのだが、
公式開通は8/20とアナウンスされていたので、お盆休みの計画からは外していた。
ところが、返ってきた返事は、
「通れます。水量も少なくてちょうどいいと思います。登山届だけちゃんと出して下さい。」
こんなふうにして、山行の1日前に、伊藤新道行きは決まった。
七倉温泉の無料駐車場は、朝の4時過ぎには満車状態で、路駐も溢れていたが、運よく隣の人に詰めてもらって停めることができた。
少し仮眠して7時前に高瀬ダムまでのタクシーに乗る。
運転手さんによると、コロナ禍も過ぎて今日は山の日でもあり特別賑やかになったようだ。
けれどほとんどの人はブナ立尾根を登り、湯俣に行く人は少ない。静かな湯俣までの水平道を歩く。
高瀬川を眺めながら、のんびり歩く。雲ひとつない空の色が、高瀬川の色をさらに美しくしているのだった。
林道終点からは、山側の針葉樹と広葉樹の混じり合う森の様子も森から溢れ出る枝沢のきらめきも美しかった。
湯俣に近づくと、毎度のことだが、河原に大きな重機が何台か停まっていた。
湯俣山荘は、9月の新装オープンに向けて工事の終盤のようだ。
伊藤新道に入るには、このまま右岸の道を進んでゆけばよいのだが、水を汲むために対岸の晴嵐荘に立ち寄る。
今年から発電所の工事の関係で放流制限していないため渡渉が難しいのでジップラインのブランコで渡ってくるようにとのことだったが、
遠目に前の人が利用しているのを見るとめんどくさそうなので、水の少なそうなところを探してジャブジャブと渡った。
発電所の設備の先で、湯俣川は水俣川と出合い、高瀬川となってダムを経て麓に流れてくる。
この湯俣川と水俣川の出合はとても印象的だ。水俣川にはまた別の美しさがあるが、
湯俣川の乳白色を帯びた摩訶不思議な青い色が一瞬のうちに心をとらえる。
この湯俣ブルーと呼ばれる美しい色を目にして魅了されない人はいないだろうと思う。
水俣川にかけられた吊橋を渡り、山の神さまにお祈りして、アドベンチャーワールドの冒険は始まる。
私たち以外に歩いているパーティはない。もっと早い時間に入った人たちはいるようだったが、貸し切り同然。
水量はかなり少ないと思う。IKUさんが初めてなので、適当なところで左岸に渡り、噴湯丘を見てから先に進む。
ここまではファミリーハイキングの人たちもたくさん入って来るようだ。その先は沢装備がないと難しい。
渡渉も水量少ないとは言え、流れが急なので、慣れるまでは緊張するところもある。
何度か渡渉しながら進むと新しい第一吊橋が見えてくる。昨年一度架けられた後に大雨で流され、再び架けられた。
三俣山荘の方々の熱い思いがヒシヒシと伝わってくるのだった。
この先大きな難所が待ち受ける。
「ガンダム岩」と呼ばれているところ。昨年、岩にタラップが設置された。
水量多く沢中を通過するのが危険な時は、このタラップを登り下りするといいということで設置されたようだ。
胸下くらいまで浸かるだけで済むなら、水の中へつるように進み、
ガンダム岩の下のツルンとしながらもフリクション良好な岩を登る方が怖くないと、私は思う。
けど、水量少なくてもわざわざタラップを登り下りするのが好きなヒトもいるようだ。
難所は連続する。そのままガレ場の岩を乗り越えつつ高巻きするのであるが、
(ここは崩れ易いところのようで、昨年初めて通過した時と様子が変わっていた)私は全行程中、この高巻きがいちばん怖い。
とにかく、いたるところ尖った不安定な石ばっかりで、絶対に転んだり滑ったりできない。
緊張感が解けたところでひと休みしていたら、男女ペアのパーティに追いつかれた。
ちょうど対岸に笹薮を高巻くようにマーキングされているところで、
今日は水量少ないので、私たちは水線を行こうとしていたら彼らは迷うことなく高巻き道に入って行った。
(後で会った時に聞くと、高巻き道を通ってみたかったとのことだった)
水流は見た目より強くて押し流されそうになり、自分たちもやっぱり高巻き道使うかと、戻ろうとしたら、
また別の二人組が追いついて来て、彼らは颯爽と水流を越えて行った。
ほんのちょっとしたコツがいるようで、真似してみたらクリアできた。
左岸が開けて一面ガレた茶褐色の世界が広がった。さっきの男女ペアがテントを張っていた。
最初のビバークポイント「火星」だった。
「火星」の先に、新しい第2吊橋が架けられている。
かつては岩壁に赤字で「雨天時は勇気を持って引き返せ(下降時)」と書かれていた場所らしい。
昨年の10月に架けられた直後に渡りたくて、でもここまで届かなかった。
かなり高いところに付けられていて、渡っている途中ももちろんだが、
川底から高いところまで登って行って最初の橋板のプレートに足を置くまでのワクワク感半端なかった。
夕方4時頃、今日の目的地、ワリモ沢出合のビバークポイントに着いた。
どうしてここにテントを張ることにしたかと言うと、
周回ではなく行きも帰りも湯俣川を歩きたかったのと、2日目は軽装備で楽できると思ったからだ。
何張りも張れる訳ではないので、ここはやはりビバークポイントに過ぎず、公式開通後は、テント張りっぱなしは良くないなと思った。
砂地の上に張ったのだが、夜は寝ていても地面から冷気が上がってくることはなく、じんわりと暖かいのだった。
薄手のダウンジャケットとダウンパンツをはいてテントの中に寝っ転がり、朝方少し冷えてきたらインナーシーツにくるまった。
慌ただしく決まった計画だったので、食事に関しては贅沢なことはできなかったが、
IKUさんが晴嵐荘から缶ビールを3人分担ぎ上げてくれ、パスタを茹でてくれ、火を起してくれ、
いつものことながら彼はテント場では大活躍なのだった。
翌朝、濡れたままのネオプレンソックスと沢シューズをはいて、水の中に入って行った。
服は上下ともファイントラックの下着の上に同フラッドラッシュを着用していたが、焚き火している間にほとんど乾いてしまって、
寝ている間も着替えずに済んだ。ファイントラックのウェアはやっぱりすばらしい。
少し進むと右岸のやや幅広の高台で、昨日追い越して行った男性二人組がタープを張っていた。
弥助沢で釣りをするのが目的のようだ。
この後はさらに渡渉が多くなり、渡渉好きにはもうたまらない楽しさだったが進むに連れて水量はますます少なくなり、
難儀することはひとつもなく物足りないくらいだった。
河原が開けると、新しい第三吊橋が見えた。吊橋の先、赤沢出合の手前に、沢から離れて三俣山荘へと向かう地点に新しい道標が立てられていた。
湯俣川本流の左岸を大きく巻くように複雑な地形の中に道は付けられていて、いったん赤沢に下りてから尾根に取り付いて行く。
この尾根に取り付いてから展望台までは、地形図以上に厳しいものがあり、(と感じるのは私たちだけかもしれないが)、
三俣山荘まで往復して、通行料の代わりにTシャツと手ぬぐいを買って帰ろうという思いは届かなかった。
槍ヶ岳展望台で撤退。
赤沢まで戻ってそのまま赤沢を下って湯俣川に再び合流する。
赤茶けたガレの世界を上流に向かって歩いて行く。
沢は二股となり、この世のものと思えない光景が広がる。
硫黄の噴き出す死の世界と隣り合わせの、この世の果てにこの美しい場所はある。
乳白色の支流の先にはまぼろしの白い滝があるという。今日はチャンスなのかもしれない。
でもなんとなく豪快に落ちる出合の滝のすぐ上を渡渉するのが躊躇われて、というか何ていうか、
誰もムリに行こうとは言わなかった。諦めてテント場に帰る。
第三吊橋を再び渡る。下を見るとタイラさんがジャブジャブと渡っている。そうか今日は水量少ないから、水の中も渡れるな。
第二吊橋の手前で、私も水の中渡ってみた。超絶楽しすぎた。
テント場に戻るとまだ2時前、台風はいつやってくるのか、帰ろうと思えば晴嵐荘まで帰れるだろう。
今日は火星で張るっていう手もあった。でも疲れた足でガンダム岩の手前の高巻きをしたくない、
たぶんもう誰も登って来ないだろうし、七倉温泉の登山口ポストで計画書を出す時もここで2泊すると説明して了解を得てきたし、
やっぱり今日もここでいいじゃんということになり、水浴びしたり、岩の上でお昼寝したり、好きに過ごした。
タイラさんは、ちょうどいい岩室を見つけたとのことで、今日はそこで寝てみると楽しそうだ。
今夜も満天の星が見られた。
山の端の針葉樹の枝越しに三日月のお月さま。放射状に空いっぱいに広がるお星さま。
テント泊ってやっぱりいいなぁと思うのだった。
最終日、お天気は下り坂だと思っていたのに晴れた。
今日は誰も登って来ないだろうと思っていたのに登って来た人たちもいた。お天気はもう少し持つようだ。
行きでは使わなかった新しい桟橋を伝ってみた。3つの吊橋よりもスリリングだった。
ガンダム岩と第一吊橋を越えて岩陰でコーヒーを淹れていると、男女混成の若者6人パーティが下りてきた。
稜線まで湯俣川本流を詰めて下りてきたそうだ。
カッコいいなぁ。うらやましいなぁ。と思いながら、ブクブク温泉の湧く地獄まで下りてきた。
自分たちは川の中の温泉に浸かりはしなかったけど、
湯気の立つ川の中の温泉ではしゃぐ若者たちを眺めているだけで、こっちも楽しくなってくるのだった。
最後は透き通った水俣川を渡ってゴール。何度も振り返る。
炎天下、七倉温泉まで帰路の水平道を汗を拭き拭き、時おり立ち止まって風に吹かれながら歩く。
トンネルを抜けると楽しかった冒険はもうおしまいだ。また来よう。次はどんなできごとに出会えるだろうか。
追記:新しい吊橋について、下から順に、第一、第二、第三と書きましたが、
それぞれ、旧の第一、第三、第五の場所に架けられています。
アオバ*ト