【山域】台高木屋谷川ヒノキ塚登山口(マナコ谷)周辺
いつもの奥山巡検。
菅谷出会いの駐車場に車を停めて、車止めゲートから林道を歩き出す。
その先の林道に新しい轍やキャタピラのあとが。
『そうか、通行止は今日まで(9/30)だし、解除の準備かな・・・』
ほどなくして橋で木屋谷本流を超え、マナコ谷登山口はすぐそこだ。
『・・?』
風景が何か違う。
道端の千秋社倉庫が・・無い。
『えっ』
小さく飛び上がった。
- 土場から見下ろした千秋社倉庫
- 右上の倉庫がポッカリ無くなってます
確かにイタズラは怖いし、すぐ裏に作った土場からの土も流れてきそうな心配はある場所だ。しかし見事に何も無くなっている。小さな広場だ。初めて見たらここに小屋があったことはわからないだろうな、くらいにさっぱりしている。
『う~ん、そうか・・・』
本来そこにある物が無くなった寂しさを感じながら歩く。今日が火曜日、実は金曜に同じところを歩いている。月曜1日でこうなったということか・・・。
・・・山に入り、色づき始めた風景を一日楽しむ・・・。
そして夕方下山。千秋社倉庫の辺りは昔の『乾留』の2工場跡。痕跡が何かないかなと探すが、倉庫を造る際均したせいかなにも無い。
『まッ、仕方ないか・・』
しばらく林道を下ると、今度は千秋社事務所に向かっての坂道にキャタピラのあとが。しかも、『ゴゴゴゴッ』と低い音が聞こえる。
『まさかっ?まさかっ?!まさかっ!』
事務所に向かう急坂をあわててヨロヨロと掛け登る。
『ああッ!』
まさに重機で事務所を壊しているところだった。昭和初年から生き続けてきた事務所のあっけない最後だ。
- 働きモノの重機。動揺してこれ以上写真撮れませんでした。
姿に気がついて工事のヒトが手を止めた。建物の中には戦前から平成までのものが散見された。口から自然と千秋社のこと、山のこと、ご神木のこと。イロイロ話していると、『千秋社の関係者?』と聞かれた。
里に下りてオジヤン、ノブチャンに報告。オジヤンは『ほうっ』と一言だけどさびしそう。本人曰く短い期間(20年間)だけど所属していた会社だ。ノブチャンはお母さんが若いころ(独身時代)事務所近くの村に住んでいて遊びに行ったことを話してもらったことがある。
『あああ、こうやって何でも無くなってくんだなぁ!』とぼやくと、『そうや、いつまでも何でもそのままではナインやで。ドンドン無くなっていくんやで!』ノブチャンに一喝された。
サビシサのほうが勝る一日でした。